CRMの黎明期から20年で変わった「時間軸」と、社内をつなぐ「言語化」 ファンとともに育てる、パルコの顧客戦略【前編】
- 2026.09.09
- 特集
全国に商業施設「PARCO」を展開するほか、エンタテインメント領域も手がける株式会社パルコ。「感性で世界を切りさく」をパーパスに掲げ、カルチャーを通じて、生きることの美しさ、自由であることの素晴らしさを表現することをめざしています。
今回は、株式会社パルコ 店舗事業本部 顧客政策部部長の安藤彩子氏と、スマイルエックス合同会社CEOの大西理氏が対談。ともに日本オムニチャネル協会フェローも務める2人が、安藤氏のキャリアの原点からCRMの変遷、社内に共通認識をつくるための「言語化」について語り合いました。
後編「ショップ目的ではなく、『PARCOへ行こう』へ。ファンとともに育てる、パルコの顧客戦略」はこちら
CRM黎明期は紙の台帳から
事業を正しく回すためには、マーケティングが必要だった
大西 理氏(以下、大西):そもそも、安藤さんはなぜマーケティングに携わろうと思ったのでしょうか。
安藤 彩子氏(以下、安藤):新卒で入った会社では卸の営業をしていました。締め日までにいかに商品を納品するかが成績になるので、先輩たちは販売会社の在庫枠に商品を入れ、締め日が過ぎたら返品を受けるということを、繰り返していました。
大西:いったん売上は立てるけれど、後で戻すわけですね。
安藤:私は、商品がお客さまの手に届いていないことが不本意で転職しました。しかし小売の営業に移ると、今度は月々の予算のために店長たちが自分で商品を買っているという、卸の頃とほとんど同じ構造になっていたのです。
どちらの現場も、売上目標を達成するための対症療法に追われ、本来考えるべき「どうすればお客さまに選ばれるか」という視点が十分に機能していませんでした。そこで私は「マーケティングが機能すれば、現場は本来の仕事ができるはず」と考えるようになりました。
店舗スタッフの本来の役割は、魅力的な売り場をつくり、お客さまをお迎えし、丁寧に接客することです。そうした健全な状態を実現したいと思い、自らマーケティング部門に手を挙げました。
大西:マーケティングという職種に就くことが目的ではなく、"事業を正しく回すために"マーケティングが必要だと考えたわけですね。
ポイントカードは「販促の手段」から「CRMの入口」に
大西:安藤さんと初めてお会いしたのは9年ほど前、リテール関連イベントの懇親会でしたね。お互いに名前だけは知っていて、「お会いするのは初めてですね」と話したのを覚えています。そのときすでにCRMの領域で存在感のあった安藤さんですが、CRMの入口はどこだったのでしょうか。
安藤:下着メーカーのSPA事業部門にいた頃です。「マーケティングをやりたい」と自ら手を挙げて、最初に任されたのが販売促進でした。
当時、店舗では感熱式のポイントカードを使用していました。ポイントはあくまで販促の手段で、売上拡大のためにポイント付与率を上げるような施策は、自社に限らずよく行われていたと思います。しかも、ポイントカードとお客さまの情報を紐づけるのは紙の台帳。店頭で記入していただいた用紙をデータ入力会社へ送り、手元に戻ってくるまでに数ヶ月かかることもありました。
ちょうど個人情報保護法の施行があり、台帳を店頭に置けなくなったためWeb化に踏み切ることになりました。Web管理に移行してデータがリアルタイムに反映されるようになったからこそ、それをきちんと活用しようという流れになったのです。同時に、販促のポイント還元には、収益性を圧迫する側面もあったことに気がつきました。
大西:お客さまの稼働を促し売上拡大を図るためにポイントを付与することは、有効な販促施策のひとつではありますが、それがコスト負担になっているということは、忘れがちなことでもあります。
安藤:そうなんです。当時の私には、ポイントが売上という損益計算書の視点だけでなく、負債として貸借対照表にも響いてくるという知識がなかったので、そのあたりからCRMの勉強を始めました。当時のCRMはマーケティングというより、システム導入か経営戦略に近い話でしたね。私はポイントの仕組みやデータ管理、メールマガジンをセットにしたシステムをつくり、本格的にCRMの取り組みをスタートしました。
大西:ダイレクトマーケティングの世界ではありましたが、当時の小売業界では、顧客関係管理、いわゆるCRMの思想まで持ち込まれたのは本当に一部の企業だけだったと記憶してます。安藤さんはかなり早い段階で取り組まれていらしたのだと思います。
安藤:社内に経験者もいなかったので、すべて自分でやるしかありませんでした。ですが、そういったことを若手のうちに担当できたことは、私のキャリアにおいて、非常に貴重な経験になったと思います。
20年で変わったCRMの環境
購買スコア=愛着の高さなのか?RFM分析への違和感
大西:CRMを取り巻く環境は、この20年で大きく変わったのではないでしょうか。
安藤:かなり変化しています。CRMの初期には、お客さまのデータとPOSデータを掛け合わせ、購買履歴から顧客を分類するRFM分析をしていました。カタログ通販の時代の「限られた部数を誰に送るのか」という問いに対しては有効な施策でした。
ただ、私は当時からRFM分析には懐疑的でした。スコアが高い人は、本当にロイヤルティが高いのかと、ずっと疑問に思っていたのです。LTVという言葉もない時代でしたが、スコアが高くなくてもブランドを好いてくれる人もいれば、その逆もいるのではないかという思いを持ち続けていました。
大西:その意味で、スコアで分析はできても、「顧客理解」にまでは至っていなかった時期と言えますね。私は通販業界に長く携わってきましたが、当時は顧客理解のないまま購買履歴だけで「今、買ってくれそうな人は誰か」を導き出してカタログを送るというのが普通でした。
安藤:ですから、20年で一番変わったのは、「顧客と向き合う時の時間軸」だと思っています。CRMと販促の違いは、簡単に言えば時間軸の違いです。販促が、「今買ってくれるか?」という短期的な時間軸になるのに対し、CRMは、「お客さまと長くお付き合いするためには何が必要か?」という長期的な時間軸になり、販促よりもCRMが重視されるような時代になってきていると感じています。
解釈が異なるCRMだからこそ、言葉を定義する
大西:以前から知る立場として見ると、安藤さんは周囲を巻き込むことに長けています。CRMは本来、会社全体で考えるものですが、組織の壁があり、本部が店舗を巻き込もうとしても「そんなことをする時間はない」と反発が起こりがちです。さらには、自社にとってCRMとは何かを定義づけないまま、手法へ流れるケースも多いですよね。
安藤:会社によって「なぜやるのか」「何をCRMと呼ぶのか」は違いますから、まずは言語化することが大事です。経営から現場まで、その目的や目指す姿を共通認識にするのは簡単ではありません。特に認識のズレが生じやすいのは現場です。だからこそ、現場に伝えるための言葉を明確に持っておく必要があります。
大西:現場は日々、予算を背負っていますからね。
安藤:中長期の視点でCRMに取り組もうとすれば、どうしても現場とのギャップは生じます。でも、営業から「売上が上がっていないから、顧客リストにメールマガジンを送って」と言われたとして、そのまま実行するのは、私が思い描く関係構築の仕事ではありません。そういうときには「できません」と言わなければいけません。
大西:その場合、なぜやるのかだけでなく「なぜやらないのか」も説明する必要がありますね。その際、データが取れるものは可視化して伝えることも重要です。「接客を繰り返したことで購買間隔が短くなっています」と示してあげる。短期と長期、両方の視点を理解しながら、周りを巻き込んでいけるのも安藤さんの優れている点だと思います。
価値を直接届けるために、言語化し、挑戦する
相手の見えている景色を理解し、共通認識をつくる
大西:言語化するときに、意識していることはありますか。
安藤:主に2つあります。1つ目は、正しい言葉を使って共通言語で話すことです。例えば「統合」「共通化」「一元化」は、本来それぞれ意味が違うのに、みんな同じ意味で使ってしまうことがあります。人によって解釈が違う状態になってしまうので、前提や定義を揃えます。
2つ目は、相手が誰かを考えることです。専門用語を使ってもいい相手なのか、使った時点で伝わらなくなる相手なのか。私は経営と現場の間にいますので、経営と交わす言葉と、店舗とやり取りする言葉は違うと思っています。
いくつかの立場を経験するなかで、人によって見えている景色が違い、それは変えられないのだと実感しました。互いが欲している成果や違いを受け入れ、歩み寄ることが大切だと思います。
大西:お互いを理解し合うことで、目指すべき方向性を共有しやすくなりますね。
利益改善につながる構造をつくりたい
大西:安藤さんほどの実績があれば、外部から事業会社の支援をする道もあると思います。それでも事業会社に身を置き続ける、その面白さはどこにあるのでしょうか。
安藤:一言で言えば、手触り感でしょうか。提供できる「接点/商品」を持って市場に向き合っている事業会社だからこそ、価値をお客さまに直接届けられます。
また、「実績がある」と言っていただけるのですが、私自身はまだ成功していないと思っています。CRMは、新規の登録を促進し続けなくても事業が成り立つのが目的ですから、利益改善につながらなければいけません。ただ、マーケティング部門は間接部門で、使ったお金がどれだけ利益になっているのかが見えにくいという難しさもあります。
大西:CRMは、進めば進むほど利益が出るものであるべきですよね。新規獲得コストを圧縮できて、ロイヤルティの高いお客さまの比率が高まれば、利益改善にもつながりますから。
安藤:特に、2027年春に予定している「PARCOメンバーズ」のリニューアルは、会社としても私としても節目になりそうな、大きな挑戦と位置付けています。今のパルコは商業施設としてはBtoBtoCです。つまり、各店舗がそれぞれ新規の登録促進にリソースもコストもかけている状態です。私はその構造を変えたいと思っています。
大西:リソースやコストを最適な配分にするためにも、構造改革が求められるのですね。それが2027年に行われるというのは、今から楽しみです。
インタビュイー紹介
株式会社パルコ
店舗事業本部 顧客政策部 部長
日本オムニチャネル協会フェロー
安藤 彩子さん
スマイルエックス合同会社CEO
日本オムニチャネル協会フェロー
大西 理さん