変化を続ける西川のマーケティングとデータ活用の秘訣とは?
ネットとリアルの会員 ID 統合の意図と OMO 戦略【前編】

「ふとんの西川」として知られ、「睡眠ソルーション」を提供する西川株式会社は、創業 1566 年、450 年超という長い歴史を持ちます。2019 年に、旧・西川産業、旧・西川リビング、旧・京都西川が経営統合し、西川株式会社として営業を開始。2023 年には、各 EC と直営店ごとに分かれていた会員システムを「nishikawaID」に統一し、CX を向上するとともに OMO や CRM 戦略の推進に役立てています。
今回は、同社でマス・デジタルの両面でマーケティング・広告などを担う佐藤功之介氏に、マーケティング活動の概観から、会員 ID 統合の経緯、データの活用法などを伺いました。

経営統合やコロナ禍を経て変化したマーケティング

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買い替えタイミング以外の接点をつくっていく

――まず、現職でどのような業務やミッションを担っていらっしゃるのか、お話しください。

佐藤功之介氏(以下、佐藤):マーケティング戦略部に所属し、基本的には全社の販促活動、並びに広告宣伝課長をしています。最近ですと大谷翔平選手にもお使いいただいているマットレス「AiR」(エアー)の販促、広告宣伝活動、コーポレートサイトや会員サイトなどデジタルチャネルの管轄もしております。最近は、データを統合して CDP(Customer Data Platform)を導入し、さらに 2023 年はリアルとオンラインそれぞれに存在していた会員 ID を統合しました。
基本的には広告宣伝、広報活動を通して、「西川」ブランドをより認知を広げ、評判を形成していくこと、実際の売り場のお客様に来て選んでいただけるようなプロモーションを展開していくことをミッションとしています。

――寝具という購買スパンが長くなりやすいものを扱う貴社において、マーケティング・コミュニケーションにおいて工夫されていることはありますか。

佐藤:1 つは、購入いただいた商品のメンテナンスを促すことですね。汚れを落とすための洗いやリフォームなど、メンテナンスサービスを行うことで、「買い替えタイミング以外の接点」を持つことが重要です。そのために定期的にメールでレコメンドしたり、店頭で接客する中でおすすめしたりしています。
実際に昨今、メンテナンス需要は増えています。SDGs の流れと、情勢の不安定化による原材料費の高騰などが重なって、寝具を洗ったりリサイクルしたりするニーズが高まっていると感じています。

――2019 年に 3 社が経営統合し、西川株式会社として再スタートを切られましたが、マーケティング部門としてはどのような体制になったのですか。

佐藤:1566 年に滋賀県近江八幡市で創業し、江戸時代、近代を経る中で、戦後になるころには、東京・大阪・京都に分社化していました。
450 周年を契機に 2019 年の経営統合に至ってからは、商品開発、販売促進など各社で行っていた機能を集約していきました。プロモーション領域は比較的すんなりと統合できたのですが、コーポレートサイトを統合するときにはかなり苦労しました。
品番体系も違いますし、情報の載せ方も違います。3 社の担当者で頻繁に集まり、プロジェクトとして統合を進めました。

卸としての課題を解決するためにデータを集めてみる

――マーケティングにおいて重点を置いているところは、どんな部分ですか。

佐藤:入社以来ずっとマーケティングにかかわる中で、ターニングポイントになったのはコロナ禍でした。その前後で自社内にデジタル専門部隊ができました。私はそのころちょうど『アフターデジタル』という本を読み、「これからこんな世界になるのか」という驚きと焦りを感じました。
そのときの自社の課題感として、BtoBtoC の会社であるがゆえに、直接お客様と接する機会が少ないということが挙げられていました。以前から社内でも、「我々は卸であるけれども、最終的に商品がお客様の手に届くところまで考えないと意味がない、もっとお客様のことを知らなければいけない」といった考え方は出ていました。
しかし、直営店や公式 EC には多少のデータはあるものの、あまり活用できていませんでした。
というのも、部門ごとにデータはサイロ化されていて、分析している部門もあれば、忙しくてできない部門もあるという状況だったのです。
そこで、1 度今あるデータを集めてみることにしました。現在はそのデータをもとに、西川としてお客様、お得意先様にどんな価値提供ができるだろうかと考えていく取り組みを進めています。

データ量よりも、お客様の解像度が上がるデータを集めることが大事

――バラバラなところにあるデータをどのように集めていったのですか。

佐藤:最初はデータといっても何があるのかを誰も把握していなかったので、データがありそうな部門の人に声をかけ、非公式のプロジェクト化をしました。手探りでデータを調査してみると、項目も粒度もバラバラで、集約は非常に大変でした。
生産管理に利用するだけなら、データの量を追い、「何がいくつ売れたか」だけでもいいと思いますが、私が考えていたデータ活用の意義とは、お客様との接点を増やしながら、長く使われる「寝具」を選ぶ人生で何回かのタイミングで、選択肢の中に西川を入れていただくこと。そのためには、データの量というよりもデータの質が重要で、「お客様の解像度」が上がるような属性やインサイトのデータが必要という考えのもと、整理していきました。

――実際にデータを活用し、どのような分析、施策をされたのですか。

佐藤:まずは EC のデータをもとに、MA ツールを活用し、販売部門と一緒に PDCA を回していきました。「データがあれば何かしらの示唆が出るはずだ」と思っていると、何も見出せないので、仮説を立てることを非常に重視しています。
その上で大事にしているのは、データから何か発見があったらそれを現場に確認しにいくこと。
「データとしてはこう出ていますが、現場の肌感としては正しいですか?」と聞いてみると、現場の人からすると、実は当たり前のことだったり、逆に新しい発見があったりします。そういったギャップをチャネルごとに探っています。

会員 ID 統合の背景と統合によって得られた変化

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リアルでもオンラインでもつながれる接点としての会員 ID

――2023 年、ネットとリアルの会員 ID を統合されたと伺っています。それも抱えていた課題感を受けて取り組まれたことだったのですか。

佐藤:そうですね。UX を向上させるというのが大きな意図です。まだメリットは少ないのですが、それぞれに必要だった会員登録の手間が省けて、保有ポイントも統合して使えるようになりました。
今後、データを見て、お客様がどういった形でオンラインとリアルを行き来されているのか、はたまたそんなに行き来していないのかなどを分析していきます。その上で、より便利に使っていただくための施策を今後考えていこうとしています。

――会員 ID 統合はかなり労力もかかることだと思います。社内ではどのような反応でしたか。

佐藤:ID の統合は売上に即直結するわけではなく、UX を良くするために必要なものという位置づけなので、社内への説明はどうしようかとかなり考えました。そして、ID 統合の前に CDPにデータを集めて MA ツールを入れ、まずは EC の方でデジタルマーケティングを回していくという方針と、その後のロードマップを作り、説明して回りました。会社としても ID 統合にはコストがかかるので、最終的には回収を求められてはいるのですが、忘れてはいけないのは、「どう価値提供できればサービスを利用していただけるのか」その結果として売り上げにつながるという視点です。
この順番を忘れると、ただシステムを作っただけになってしまうので、プロジェクトメンバーにも周知徹底しました。私もついつい見失いそうになるのですが、ありがたいことにアサインされたメンバーは部門を超えて自分事で考えられるメンバーばかりだったので良かったなと思います。
お客様もそうですが、接客する店舗スタッフも年齢層が高かったりするので、オペレーションはなるべく難しくしないで、わかりやすくしてほしいという要望があり、工夫はしました。しかし、「デジタルは入れたくない」という議論にはならなかったので、目線が合っていたところは良かったですね。

――店舗として、会社として、ID 統合によってどんな変化がありましたか。

佐藤:店舗では、今まで見えなかったお客様の動きが見えるようになりました。今までは店舗だけの購買履歴しかわからなかったのですが、過去にオンラインで買っていたものや別の店舗で買っていたものが一目でわかるようになりました。たとえばカバーを変えるときに自分のふとんサイズがわからないといったケースでも、履歴がわかれば間違えずにその場で購入いただけます。接客や販売に役立つデータになっているのではないかと思います。
弊社は経営統合をしてから、「よく眠り、よく生きる。」というタグラインを設定しました。まだまだ「ふとんの西川」というイメージが強いと思いますが、代表の西川は、「眠りのソルーション企業になる」と話しています。商品はそのための一部であり、今いろいろなサービスを立ち上げています。
今の時代、リアルでもオンラインでも、つながれる場や接点が身近にあることが重要です。新サービスを立ちあげたときにも、すぐに西川全体とつながれる基盤として「nishikawaID」を整備できたことは非常に良かったと思います。

常に新しいものを取り入れる。変化に柔軟な西川のカルチャー

――会社として変化や変革に対して受け入れるカルチャーがあるように感じます。

佐藤:弊社の歴史的にも、そういう特徴があります。創業当初は近江商人なので、様々な物産を北陸の方に持っていって販売し、受け取ったお金でご当地の海産物等を買い込んで持ち帰るといったことをしていたのです。
そこから今度は「蚊帳」をヒットさせて、江戸時代にはそれを中心にしながら、武士が使う弓の会社を M&A するなど、いろいろなジャンルの商品を扱ってきています。今西川のイメージにある「ふとん」の取り扱いは、実は明治時代からで、商品は意外と変遷しているのです。変わらないのは、「人々の暮らしを良くする」というコンセプトだけ。
そういった意味では昔から「伝統と革新」を大事にする会社で、あまり伝統の話ばかりすると怒られるのです(笑)。伝統は、歩いてきた道をふと振り返ったらできているものであって、自分たちのスタンスとしては常に新しいところに行くのだと。そういうカルチャーは確かにありますね。
今の社長は、「人々の暮らしを良くすることができるなら、商品は寝具じゃなくてもいい」とも言っています。自社の歴史を見れば、商品の枠にもとらわれなくていいのだと思いながら事業を行っている会社だと思います。

インタビュイー紹介

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西川株式会社

イノベーションマーケティング戦略事業部
マーケティング戦略部 広告・広報担当課長
佐藤功之介さん