「崖っぷち」に立つ日本企業。転落を防ぐ方策とは?
迫りくる「2025 年の崖」への対策を考える【前編】

急速に進む人口減少と高齢化は、あらゆる産業に深刻な影響を及ぼしつつあります。その中で、「2025年の崖」という新たな危機が迫っているのをご存知でしょうか。経済産業省が警鐘を鳴らしたこの危機について、多くの企業は認識していてもどう対処すべきか分からず、有効な手を打てないでいる状況です。
日本企業はどのようにして「2025年の崖」を乗り越え、持続可能な成長を実現できるのか。インダストリーサービス第一事業部 営業二部部長の増田に、その課題と対策について話を聞きました。前編では、「2025年の崖」の概要や日本企業の現状、解決への障壁などについて詳しく解説します。

    増田 勇二
    2001年日本ユニシス(現BIPROGY)入社。
    海外出版流通業、食品業、卸業、物流業、青果市場など数多くの業界への基幹系システムを含むIT支援に取り組み、2014年関西エリアへ異動。大手総合通販業における基幹・EC領域含むIT構造改革を推進。2018年より西日本エリアのEC・通販業全般を管轄する営業責任者に着任、2022年西日本エリアのリテール業を除く流通業全般を管轄。
    2023年より本社へ異動し、BIPROGYにおけるEC・通販全般の主管・営業責任者。ECオムニチャネル事業を支援するSaaS「Omni-Base for DIGITAL'ATELIER(オムニベース フォー デジタラトリエ)」を発表し、EC・通販業界におけるDX推進に取り組む。

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2025年の崖とは何か

43万人の人材不足とレガシーシステムがもたらす危機

――「2025年の崖」とは何でしょうか。

増田勇二(以下、増田):「2025年の崖」という言葉は、2018年に経済産業省の『DXレポート』で登場しました。この言葉が使われた背景には、日本企業が直面する深刻な課題があります。
主な課題は3つです。
1.IT人材が2025年には43万人不足すること。
2.21年以上経過し、レガシー化する基幹システムが全システムの60%以上になること。
3.2に伴って運用保守費用が増加し、企業のIT投資の90%を運用保守費用で占める状態に陥ること。
主には人材不足と、システムの老朽化・複雑化・ブラックボックス化が、DX実現の障壁になります。これらの現象が起きることで、企業の競争力が削がれ、2025年以降に年間12兆円の経済損失につながるという予測がされています。これが「2025年の崖」です。

これまで曖昧化されていた人材不足が一気にやってくる

――日本においては、2024年問題や2025年問題といった言葉も広まっていますが、それらとの違いは何でしょうか?

増田:2024年問題は、時間外労働の上限規制がそれまで例外とされていた医療や運送・建設業にも適用されることで人手不足になることであり、法規制が問題の発端になっている側面があります。2025年問題とは、2025年に日本人の5人に1人が75歳以上の後期高齢者になることで、生産労働人口の不足が深刻化することであり、こちらは人口減少という日本特有の構造的な問題が起因しています。これらの問題が生じることによって「2025年の崖」が訪れるという意味で、相互に関連しています。
ただ、日本においては女性と高齢者の労働参画が近年で進んでおり、実はそれが「2025年の崖」の現出を曖昧にしているところがあります。労働世代人口が大幅に減っているのに、これまで労働生産に参画していなかった女性と高齢者の労働参画が進んだことで、労働者の減少ペースが緩和され、不足感があまり伝わっていないのです。
一方で、女性と高齢者の潜在労働層(労働予備軍)ももはや枯渇してきて、これから一気に崖に転がり落ちるのではないかと危惧されています。

「2025年の崖」に対する日本企業の現状

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IT人材は需要に対して供給が追い付いていない

――そのような中で日本企業はどのような状況に置かれているのでしょうか?

増田:日本企業においては、人材を確保できている企業・業界もあれば、足りていない業界・企業もあり、その格差が顕著になってきている状況です。
この背景にあるのは構造的なミスマッチです。特有のスキルが求められる一方で、労働時間が長かったり、他業界に比べて収入が高まりにくかったりする業界では、就職志望者自体が減っている状況があります。具体的には、医療・福祉、運輸、建設、郵便、宿泊業界などです。そして情報通信産業も、先ほど話したようにIT人材の不足が挙げられています。
人がいない職場では、1人ひとりの業務量が多くなり、残業が増えます。そうなると生産性を上げる施策を考える暇もなく、やりがいが低下し、退職者が増えます。その評判を聞くと、さらに人材が入ってこなくなります。こういった負のスパイラルがすでに現れてきているのが、先ほど挙げた業界です。
ただし、間違えてはいけないのは、これは「その業界に勤めている人だけの問題ではない」ということです。それらの業界のサービスを享受する側も影響を受ける側面があるからです。例えば、運輸業が立ち行かなくなると、私たちは物を手軽に送ったり受け取ったりすることができなくなって困りますよね。その業界の問題は、日本の全体の問題になっていくと考えた方がいいでしょう。

――IT業界の人手不足とは具体的にどのような状況なのですか?

増田:「2025年の崖」を解決するキーワードの1つが「DX」であり、「DX」を担う業界は情報通信=IT産業になります。現在もIT人材の総数は増えていますが、需要の広がりに対して、供給ペースが追いついていないのが実態です。今では非IT業界の事業会社にも社内にIT部隊が組成されるようになり、IT人材の就職の選択肢がSIerやITベンダーだけではなくなっているということも人材需要拡大の背景にあります。

危機にさらされるシステムに対して身動きが取れない状況

――実際に「崖」を一気に転がり落ちていくような状況は、すでに起こり始めているのでしょうか?

増田:はい。数多くの基幹システムが2025年前後にサポート終了となるにもかかわらず、その後の対応について、多くの企業が手を打てていません。サポート停止の状態で基幹システムを運用するというのは非常に危険な状態です。しかし、「人が足りない」「当初のシステムを知っている人は退職してしまった」などという理由で、身動きが取れなくなっているのです。

――危機感が薄いというよりも、身動きが取れないという状況なのですね。

増田:20年前に取り入れられたシステムは基本的にERPパッケージ(統合型基幹システム)です。しかしそれは、「いかに自社にカスタマイズして最高のシステムに仕上げていくか」というところに主眼が置かれたものでした。
今のように、「後から手軽にシステムアップデートを行う」という発想はない仕様のため、今からバージョンアップしようと思うと、人もお金も時間も膨大にかかってしまいます。そのようなバージョンアップ作業を、2025年前後にレガシー化するであろう日本の60%の会社すべてに実行することは、国内のIT事業者が総出で行っても高いハードルがあります。
通常、システムの入れ替えには2~3年かかりますから、現時点(2024年8月取材)であと1年に差し迫っている崖に対して未だ手を打てていない。これはすでに崖を転がり始めているといってもいいかもしれません。本当に由々しき問題ですし、我々のようなIT事業者にとっても深刻な問題であり、どう解決していくかを考え、実行していく必要があります。

「2025年の崖」に対して取るべき戦略

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競争力を維持したまま、変えられるところから変えていく

――日本企業は「2025年の崖」に対して、どのような戦略を取っていくべきなのでしょうか?

増田:「2025年の崖」への取り組みはIT領域だけにとどまりません。企業としては、働き方改革や人事制度改革を行い、副業の導入、リスキリングの促進など、「若手をはじめとする人材を惹きつけ、離職の少ない魅力的な会社になっていくためにすべきことは何か」と考えることが、2025年の崖を乗り越えるために必要です。
さまざまな打ち手がある中で、私たちIT事業者が貢献できる部分は大きく3つあると考えています。
1.業務効率化:人手をかけずに業務を遂行できるような効率化を行うこと。
2.アウトソーシング:自社内で行っていた業務を外部に委託すること。
3.DX:今までのシステムや業務の仕方を変え、デジタルの力で業務を推進していく変革。
20年以上前に言われた「IT化」では、全社員にパソコンを支給してアナログだった業務をITツールやシステムで置き換え、管理する体制をつくることが重視されました。一方で、DXはデジタルによりトランスフォーム(一変)することを指します。今までの業務を置き換えること以上に、「考え方やプロセスさえも変えていく」という話なのです。
例えば、今までA→B→C→D→Eという業務プロセスを踏んで、A地点とE地点を結んでいたとします。「AからEに行きたい」というゴールは変わらないとしても、そのプロセスであるB・C・Dの部分は、デジタルの力で削減したり変容したりできないかと考えるのがDXの一つのアプローチです。コロナ禍で話題になった「ハンコ不要論」などもその一部ですね。
自社として譲れない、競争力や価値の源泉になる部分は残しながら、変えられる部分は変えていく。この塩梅を見ながら業務を設計していく考え方が重要です。
ただ、多くの日本企業は規模が大きくなればなるほど、事業部単位やグループ会社単位でERPを入れたり、業務プロセスを考えたりするので、部分最適な仕組みが数多く残っており、全社単位でのシステムの合意形成が難しいという課題があります。
プロセスは重要ですが、余計なプロセスへのこだわりでがんじがらめになっていると、さまざまな環境変化に対して迅速かつ有効な対策を打てず、企業そのものの競争力を削いでいくことになりかねません。

――企業ごとにやるべきことやその順番は変わってくるのでしょうか?

増田:先ほど申し上げた働き方改革や人事制度改革の中で、何がどこまでできているかで違いはあると思っています。「人事制度は丁寧に作られているけれど、業務はアナログな面が多い」「業務にITツールが数多く導入されているけれど、社内教育の仕組みは親切ではない」など、状況によって優先順位は変わってくるでしょう。
もちろん、どれだけのリソースやコストを投下できるかによっても変わってくるでしょう。自分たちができていること、できていないことを棚卸しして、どれから手をつけていくべきかを考えていく必要があります。

インタビュイー紹介

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BIPROGY株式会社

インダストリーサービス第一事業部
営業二部部長
増田 勇二