EC化とブランド立体化でコロナ禍の危機を脱出
世界観の構築でもたらす新感覚のイマーシブ体験戦略【前編】

「BAKE CHEESE TART」や「PRESS BUTTER SAND」などのお菓子で定評のある株式会社BAKE。「お菓子を、進化させる。」をビジョンに掲げ、数々の戦略で業界の注目を集めています。今回は同社取締役CBO(Chief Branding Officer)の北村萌氏に、独自性の高いマーケティング戦略について伺いました。前編では、OMO戦略とブランドの立体化、それを支えるBAKEならではのこだわりについて語っていただきます。

国内全ブランドを管掌し、BAKEの世界観を構築

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「聞いた言葉をひたすらメモ」広報からEC事業立ち上げへ

――現職でどのような業務やミッションを担っていらっしゃるのか、お話しください。

北村萌氏(以下、北村):国内事業を管掌する取締役です。CBOも兼任し、基本的には国内の全ブランドを担当しています。昨年はイマーシブ体験をテーマにしたデジタルブランド『しろいし洋菓子店』に注力しました。今年は新しいブランドの立ち上げや既存のリブランド、事業拡張を全般的に管掌しています。

――北村様はご自身のキャリアの中でどのようにマーケティングに関わってきたのでしょうか。

北村:2016年に広報としてBAKEに入社しました。その頃のBAKEはまだ小さく、20人程度の社員がひとつの部屋で働いているような会社でした。
広報室の立ち上げから携わった後、2020年に事業サイドにシフトし、EC事業部長になりました。当時はEC事業に携わることが初めてだったので、最初は周りが口にしている専門用語が分からず、聞いた言葉をひたすらメモして検索する勉強の日々でした。

長く愛されるために。OMOとブランド戦略で起こした改革

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コロナ禍で業績9割減 既存の戦略に限界を感じ、EC化に舵を切った

――BAKE様はどのようなマーケティング戦略のもと、事業を展開されているのでしょうか。

北村:2020年にEC事業を立ち上げた際に意識したのは、オンラインとオフラインをシームレスに結びつけるOMOの推進です。店舗中心からの転換には、コロナ禍で業績が9割減まで落ち込んだことが影響しています。
ECショップ「BAKE the ONLINE」ではすべてのブランドの商品を購入可能にしました。オフラインでも同様の体験ができるようにエディティッドストア「BAKE the SHOP」を展開し、現在、自由が丘など国内4店舗 、海外1店舗を運営しています。「BAKE CHEESE TART」「PRESS BUTTER SAND」「RINGO」など、BAKE INC.が展開する各ブランドの商品を体験できる場所となっています。
顧客情報の統合も重要視しています。以前は店舗ごとにLINEアカウントを運用していましたが、お客様が同じ内容のメッセージを複数受け取ることがあったため、現在はアカウントを1つに統合しています。その結果、店舗とオンラインで共通のポイントサービスや会員証の利用が可能になりました。これには2〜3年ほどかかっています。

1ブランド1プロダクトからブランドの立体化へ 回遊性を高める変革

――「お菓子のスタートアップ」として、創業以来どのようにしてポジションを確立されてきたのでしょうか。

北村:BAKEは、元々「1ブランド1プロダクト」がメインでした。ブランドごとに商品をあえて絞り込むことで、分かりやすくお客様に伝え、一番美味しい焼き立ての状態で提供することを重視していたのです。
それは今までのパティスリーにはない、逆転の発想だったと思います。店舗に行けばいい香りがして、スタッフが北海道の良質な原材料を使った、たった一種類のお菓子を焼いている姿が見える。そんな専門店業態で業績を伸ばしてきました。

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しかし、コロナ禍で戦略の限界を痛感しました。お客様は今日チーズタルトを食べたら、明日はアップルパイを食べたい、次はもっと違うものを食べてみたいと考えるのが自然ですよね。コロナ禍で不要不急の外出ができない時に、毎日同じ商品をお店に買いに来ることは少ない。それに、焼きたての商品はその日のうちにしか楽しめず、贈答や持ち帰りのニーズにも応えられません。
そこで考えたのが、ブランドの立体化です。例えばチーズタルトの専門店では、チーズを軸に商品を展開。アップルパイの専門店では、りんごやパイ、またはカスタードを軸に展開していくというように、ブランドサイクルを伸ばし、より長くお客様に愛されるよう進化させていこうと考えました。それぞれの商品の好みに合わせて顧客層を広げ、異なるブランド間でも回遊しやすくする戦略です。
自社名をマスターブランドとして打ち出したことも大きな変化です。従来はブランド名を前面に出し、会社名を出すのは控えていました。例えば「PRESS BUTTER SAND」は以前から多くのお客様に手にとっていただいていますが、株式会社BAKEという名前は皆さんご存知なかったのではないでしょうか。
実際、多くのお客様が「PRESS BUTTER SAND」と「RINGO」が同じ会社から提供されていることを知りませんでした。そこで現在は、「BAKE.Inc」として多彩なブランドポートフォリオを抱えていく戦略に大きく舵を切っています。

過去の成功を否定し、大きな変革をやり切ったからこそ出た成果

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――マーケティングやブランディングにおいて、時代の変化に応じて変えてきた部分についてお聞かせください。

北村:大きな変化はEC事業ですね。構想はあったものの、当初は既存のブランドや店舗の運営で手一杯で、後回しになっていたのが正直なところです。しかし、デジタルシフトの流れが強まる中で、今まで手をつけてこなかったことにも取り組む必要があると気づきました。
EC事業には多くの課題がありました。特に配送時の温度管理はネックでしたね。初期の段階では常温の商品も冷凍でしか配送できなかったり、温度帯の異なる複数の商品を注文すると二個口で配送されてしまったりと、ECと店舗の体験にギャップが生じたのです。それらを改善し、現在では配送にかかる日数も短縮できています。贈答のニーズにも対応し、現在では朝9:30までにご注文いただくと最短で翌日にお届けする「お急ぎギフト」も好評です。
キービジュアルもブラッシュアップしています。既存のものは商品名や個数が分かりづらく、EC向きではなかったのです。そこで、開封時のイメージや内容量が分かるようなEC専用の写真に変えました。
ECの立ち上げ・運用と、OMOを意識した会員情報の統合は並行して行いました。現時点で、SNSも含め100万人位のファンベースはできてきたと思っています。ECなどオンライン起点での新会員も増えていますが、最初の頃は店頭のスタッフがお客様に声をかけ、オフラインで会員を増やしてくれました。
これらの施策と同じくらいのタイミングで取り組んだのが、各ブランドの紐づけです。BAKEの商品はブランド間で大きな価格差はありませんが、ユニークさを軸に並べていくと、ブランドカラーや味の特徴は個性豊かです。展開方法に悩んだ時に、参考にさせてもらったのが星野リゾートさんでした。
星野リゾートに加えリゾナーレや「界」などもありつつ、居酒屋的な要素をもった「星野リゾート BEB5軽井沢」もある。それぞれ価格帯は異なるのですが、「星野リゾート」という大きな傘のもと、安心して自分に合ったものを選べる楽しさがありますよね。我々も「BAKE.Inc」をひとつの傘と考え、その下で複数のブランドを展開していきたいと考えました。

――様々な形で取り組みを転換された結果、どのような成果が表れていますか?

北村:EC化当初は赤字が続きましたが、1年ほどで黒字化を達成しました。EC率目標15%に対し、現在は8%まで来ています。これは食品業界としてはかなり高い数値です。ECが全くない状態からの構築は大変だったものの、逆に統一してスタートできたメリットはあったのかもしれません。
広告宣伝費もかけつつ、PDCAをしっかり回して知見を貯めていくことで徐々に成果が出始めました。振り返ってみると、EC事業は目の前のことを改善し続けるのが近道だなと感じますね。
いずれも、BAKEの過去の成功を否定するような大きな決断でした。コロナ禍で売上が落ち込み、大きな変革が必要になったのは、良い後押しになったのではと思っています。もし業績がそこまで落ちなかったら、既存のビジネスに固執し、変化を先延ばしにしていたかもしれません。

インタビュイー紹介

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株式会社BAKE

取締役CBO
北村萌さん