『しろいし洋菓子店』はECの概念を変える
世界観の構築でもたらす新感覚のイマーシブ体験戦略【後編】
- 2024.11.11
- 特集
1ブランド1プロダクトからの脱却を果たし、幅広く洋菓子を展開する株式会社BAKE。自らを「お菓子のスタートアップ」と位置づけ、新たな戦略を多く打ち出しています。
前編では、OMOマーケティング戦略とブランドの立体化について同社取締役CBO(Chief Branding Officer)の北村萌氏に伺いました。後編では、大きな話題を呼んだデジタルブランド『架空のパティスリー しろいし洋菓子店』に込めた思いについて語っていただきます。
架空のマンションから広がる物語
『しろいし洋菓子店』のブランド構築
利便性よりも「体験」を重視した、前代未聞のEC戦略
――『しろいし洋菓子店』誕生の経緯や、背景にあった課題感などをお聞かせください。
北村萌氏(以下、北村):もともとは、EC基軸のブランドをという思いからスタートしました。BAKEはこれまで全てが店舗発信だったので、何度もサイトに訪れたくなるブランドを作りたいと考えたのです。
既存のECの課題は何だろうと考えてみると、「店舗の焼きたて商品には勝てない」ということ。そこで、ECだからこそできる価値や体験を深掘りし、リピートされるブランドをと考えました。
1年半ほど前から構想を練り始め、EC事業が軌道に乗り始めたタイミングで、ブランド立ち上げの決断に至りました。とはいえ、オンラインの利便性だけで利益を出すのは簡単ではありません。ブランディングや購入する意義、ストーリー性を持たせることが重要でした。
そこで、『しろいし洋菓子店』はSEOやコンテンツマーケティング、広告には頼らないと決めました。目指すのはあくまで、顧客が体験を積み重ねたくなるようなブランドづくりです。
――「架空のパティスリー」というコンセプトを採用した理由は何でしょうか。
北村:オンラインで展開するからこそ、他のECやD2Cブランドとの差別化が必要だと考えたからです。そのために、イマーシブ(没入感)とフィクショナル(架空)の要素を取り入れたブランド体験を提供したいという思いが出発点でした。
最初に決めたコンセプトは「イマーシブ」と「フィクショナル」のみ。あとはデザイナーやSNSチーム、PR担当者とブレストを重ねながら、ブランドを作り上げていきました。
クッキー缶入りのお菓子には、特別な魅力があります。自分へのご褒美にもなるし、誰かに渡すのにもいい。缶自体も大切に取っておきたくなります。そこで、今までに見たことのないクッキー缶をメインに、北海道の自社工場で作る美味しいお菓子とブランディングを掛け合わせたものを提供できないか、というところからスタートしました。
その中で生まれたのが「マンション・インディゴ」という架空のマンションです。1階にパティスリーがあるという設定でストーリーを発展させ、ブランドを面白く進化させていこうと考えました。マンションの住人たちが推しているお菓子が、そのまま商品になっています。
もちろん、コストや手間を考えると難しい部分があったのも事実です。社内では「(コンセプトが)奇抜すぎるのでは?」という声もありました。でも、とにかくブランドのイメージをしっかり作り上げることが大切だと貫いた結果、お客様から多くの支持を得られたと思っています。
――イマーシブ(没入)体験は具体的にどのように設計されているのでしょうか。
北村:しろいし洋菓子店のクッキー缶は、クッキー缶の中にスパイラルな楽しさを取り入れ、食べ進めることで異なるフレーバーが登場する構造にしています。階層ごとに入っているものが違うクッキー缶は珍しいのです。「この一種類かな」と思って食べたら、次の階層で新しい味が出てきたという驚き。ここが最後かと思いきや、もう一段あると分かったときのワクワク感。そういったものを大切にしました。
イメージを表現するため、色にもとことんこだわりました。パッケージに使用した青色は食べ物にとって鬼門なので悩みましたが、何度もデザイナーとやり取りし、パステルっぽい色で没入感を表現しています。
将来的にはVRやAR技術も取り入れたいですね。例えば離れて暮らす家族や恋人同士が一緒にその世界を共有できるような、新しい形の体験。単なるECの利便性を超え、オンラインとオフラインが交錯するブランド体験を提供し続けられたらと考えています。
「美味しいからあの人にも勧めたい」を加速するOMO
――OMOの観点では、『しろいし洋菓子店』はどのような独自性を持っていますか。
北村:オンラインでの販売が基本ですが、定期的にポップアップショップも開設しています。ディスプレイに工夫を凝らし、架空の世界がリアルに感じてもらえるような店舗づくりを心がけました。
ローンチの時には、日本橋にある「マンション・インディゴ」のようなビルを借り切って、登場人物それぞれの部屋を再現。「BAKE the SHOP」でも、期間限定での販売を行いました。
――行っている体験設計に対して、顧客の反応はいかがですか。
北村:おかげさまで、リピート率75%、レビュー平均4.86と非常に高い支持をいただいています。通常販売の商品を購入したお客様が、次のシーズンも買ってくださる流れができていることは嬉しい限りです。
もちろん、味も大きなポイントです。今回、求める味にするために工場のパティシエとやり取りを繰り返しました。結果として本当に美味しく仕上がっています。
嬉しいのは、SNSでも「美味しかったから誰かにあげよう」といった反響を目にすることです。この商品は自分用に購入してくださるお客様が多いのですが、美味しいものは大切な人にシェアしたくなりますよね。私は疲れた時に、よくXで『しろいし洋菓子店』をエゴサして、シェアしてくれているいい投稿を見てはモチベーションを上げています。
――お菓子のブランド構築の面白さは、どこにあるのでしょうか。
北村:ゼロから一つのものを作り上げ、それを日本だけでなく海外にまで広げていける点にあると思います。すでに出来上がった海外のブランドに行列ができるような現象ではなく、自分たちが日本発で何かを生み出し、広げていけるのが醍醐味です。
デザインやブランドづくりを外注する企業が多いと思いますが、私たちは全て内製。皆が一緒になってブレストしながら形にしています。悩み抜いて作り上げたブランドが完成した時の喜びは格別です。
美味しさと世界観のかけ合わせをもっと多くの人に
「オンラインに強いBAKE」として、利便性を超えた価値を
――お菓子業界におけるOMOの可能性について、ご見解をお聞かせください。
北村:「BAKEはオンラインに強い」と思ってもらいたいですね。具体的なOMO施策としては、モバイルオーダーの導入を進めています。
ただ、オンラインチャンネルを単なる利便性に留めたくないという思いはあるので、オンラインで展開している世界観をリアルな体験として表現することにはこれからも注力していきます。
国内から海外へ
ブランドポートフォリオ強化で広がる可能性
――貴社としての今後の展望についてお話しください。
北村:まずは多彩なブランドポートフォリオをさらに強化していきたいですね。今後は新しいカテゴリーのお菓子や新たなブランドにもチャレンジしたいと思っています。
既存ブランドについても、様々な形状やシーンに対応できるようなものに進化させたいです。新商品のリリースは、シーズンごとに更新し、2ヶ月に1回や年4回のペースで新しい商品やフレーバーを投入しています。フレーバーのバリエーションなどだけでなく、もっと新しいアプローチにも取り組んでいきたいです。
海外では現在アメリカやアジアを中心に展開していますが、さらなる市場にも挑戦したいと考えています。贈答文化や消費習慣は国ごとに異なるので、地域に合わせたローカライズが必要です。例えばホームパーティー文化のあるアメリカでは、箱入りのお菓子よりも焼きたてのものが好まれますが、台湾では「PRESS BUTTER SAND」が大人気商品となっています。
また北海道では、アジアやヨーロッパなどからのインバウンド需要があり、気候や文化を活かしたブランド展開も視野に入れています。各国専用のブランドを作ることも一つの可能性かもしれません。
これからも、美味しいものを提供するだけでなく、独自の世界観や没入感を持ったブランド作りを続けていきたいですね。
インタビュイー紹介
株式会社BAKE
取締役CBO
北村萌さん