クロコダイルを「誇れるわたしのブランド」に変えた温故知新
老舗アパレルのデジタル施策が成功する理由【後編】
- 2025.01.31
- 特集

1947年設立のアパレルメーカーであるヤマトインターナショナル。中期ビジョン「Yamato 2026」では、「シン・ブランド創り」を掲げ、「"大人のTPO"をスマートに演出するブランド」というコンセプトを打ち出しています。基幹ブランドである「クロコダイル」は、2023年に日本国内での販売開始から60周年を迎え、2021年にはさらなる市場拡大を目指しリブランディングを実施。新たなブランドイメージの訴求と認知拡大に向けた約40年ぶりのテレビCMが話題となりました。後編では、執行役員である長尾享諭氏に、リブランディングと具体的なDCX戦略について語っていただきます。
前編「空前の売上増を生んだのは、「行動変容」に最適化したマーケティング 老舗アパレルのデジタル施策が成功する理由」はこちら
老舗ブランドがスマートな大人のTPOを演出するラインに生まれ変わるまで

中高年男性向けのカジュアルイメージは、実態と乖離し始めていた
――老舗ブランド「クロコダイル」でリブランディングを行った背景、当時抱えていた課題をお聞かせください。
長尾:メンズ・レディース共に、新たなブランドイメージを訴求し、スタイリング提案型の企画立案にシフトすることが課題でした。日本国内での販売開始から60周年を迎えるにあたり、イメージを転換する必要性を強く感じていました。メンズラインは顧客の高年齢化が進み、「昔の中高年男性向け」というイメージが固定化しつつあったのです。ブランドイメージを刷新し、再認知していただく必要がありました。
一方、2002年に販売開始したレディース向けのEC売上はメンズを上回るほどに成長していました。ただ、単品アイテム中心の訴求になりがちだった。これはクロコダイルが単品購入中心のメンズから始まったブランドであるがゆえのデメリットです。時代の流れからいっても、スタイリング提案型の企画立案は急務でした。
120名への徹底したインタビューで、強みと弱みを再確認
――リブランディングはどのようなプロセスで進めたのでしょうか。
長尾:まず、GMS(総合スーパー)の既存顧客、競合潜在顧客、そしてSC(ショッピングセンター)の潜在顧客と、ターゲット別にFGI(フォーカスグループインタビュー)を行いました。インタビューは計約120名の方に実施しました。ブランド名を伏せて「この服をどう思いますか」と質問し、最後にブランドを明かして「このブランドにどのようなイメージを抱いていますか」などと聞いていきました。
インタビューを受けてくださる方々は、社長を含めた我々社員がマジックミラー越しに聞いていることを知りません。「おじさんが着るイメージ」など、辛辣な感想も出てきました。同時に、「安心感がある」「品質が良い」などのポジティブなご意見もいただき、強みの再確認もできました。
もう一つ、FGIを通して見えてきたのは、ターゲット層が「どうありたいのか」。社会適性を意識し、「恥ずかしくない格好をしたい」「上品に見せたい」「その場で浮きたくない」という思いがあることが分かったのです。
それらを反映させ、新たなブランドコンセプトは「"大人のTPO"をスマートに演出する」としました。トラッドテイストでありながらフレンチの要素も取り入れ、洗練された雰囲気と自由で快適な着心地で心豊かな生活をサポートすると打ち出したのです。
FGIをしたことで、根幹たる部分が見えてきました。同時に、企画や販売など、全社員が顧客目線重視というポリシーを共有できたことも大きかったですね。
テレビCMとYouTube広告で「人生の次のステップに着る服」を訴求

――リブランディングによってどのような付加価値を創出し、どのような成果や反響があったのでしょうか。
長尾:「イメージが変わった」というポジティブなご意見を数多くいただきました。一番の要因はテレビCMでしょう。事前調査で50歳以上の認知度が約75%もあることは分かっていましたので、再認知とリブランディングにフレッシュさをアピールすることを狙い、マスブランドであるテレビを媒体に選びました。
大きな特徴は一般の方に出演いただいたことです。有名俳優を起用すると、特定のイメージに縛られる恐れがあります。それよりも、汎用性と親しみやすさを強調し、等身大の親近感を伝えたいと考えました。
CMのコンセプトは「次の夢」。出演した方々は60代で、第二の人生に新しいことを始めようとしています。普通の会社員がギター職人をめざしていたり、主婦がドッグショーに出ようと考えたり。夢を語る姿に、人生の次のステップに着る服としてのイメージを投影させることを狙いました。
また、ターゲット層であるシニア世代では、テレビやLINEに加えYouTubeの利用が非常に伸びていることが分かったため、YouTube広告にも力を入れました。その結果、ブランド認知は事後調査で認知度は10ポイント近く上がり、80%を超えました。既存のお客様からも「CM見たよ」とお声かけいただきました。
「チャネル軸」から「顧客軸」への転換

デジタル施策でめざすのはCX(カスタマー・エクスペリエンス)の向上
――デジタルを活用した施策で大切にしていることは何でしょうか。
長尾:デジタル戦略の中で一貫して重要視しているのはCXです。顧客体験の創造を目的に、LINEやアプリなど様々な施策を打ってきました。いわば、チャネルを軸とした戦略でしたが、今後はデータの一元化を狙って、顧客を軸に施策を打っていきたいと考えています。
例えば、通常使われているPOSレジやECなら顧客の購買データを取得できますが、GMSで使われている集合レジでは、弊社としてはお客様の購買データが取れません。そこで、簡易POSを導入して店舗での購買データを取り、ECのデータと統合したいと考えています。
すると、全国約900店舗の直営化が可能になります。その先に見据えているのはデータの利活用です。最終的には、商品開発や収集データを元にしたアプローチにつなげ、さらなる顧客満足度の向上につなげたいですね。
"変化"を受け入れ、新たな挑戦を続ける社風
――LINE公式アカウントの運用、アプリの提供、動画コンテンツの制作など、ユーザーになじみやすいアプローチを行えている背景には、貴社のどのような文化や体制が寄与しているのでしょうか。
長尾:弊社は老舗ではありますが、社長以下新しいものに対する感度が高いのだと思います。古くからいる社員から見れば、私は外部からやってきた人間です。でも、足を引っ張られるようなことは全くなかった。これは社風だと思います。私も、入社直後には基幹事業に手を入れなかったことも良かったかもしれません。まずは任されたECに注力し、結果を出すことを大切にしました。
その後、CRM改善のために販促部をデジタル制作部に変え、元々ささげ(撮影・採寸・原稿)業務やクリエイティブ業務を担当していた社員に、動画撮影や編集、ライブ配信の技術を身につけてもらいました。一気にデジタルコンテンツ数を増やし、今ではインハウスで年間700本以上のコンテンツを作っています。
これからも「誇れるブランド」であるために
――貴社としての今後の展望についてお話しください。
おかげさまで、自社EC売上は2015年から連続で2桁成長の伸び率です。特別な施策を打っているわけではなく、基本的なマーケティング施策とUI/UXの改善やコンテンツ制作を積み重ねた結果ここまで来ました。
今後はよりオムニチャネルやOMOを進め、CRMをさらに活用しながら、CDP(カスタマーデータプラットフォーム)にも力を入れていきたいです。ロイヤルカスタマーを対象にしたポイントプログラムやレビューを用いた商品開発などにも、顧客目線で取り組みたいと考えています。
マーケティングにおける成功を定義づけることは難しいですが、お客様や社員が喜ぶ姿を目にすると、これは成功の一つの形かなと感じます。これからも、皆が誇れる真のブランドをめざしていきたいですね。
インタビュイー紹介

ヤマトインターナショナル株式会社
執行役員
マーケティングコミュニケーション部部長
長尾享諭さん
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