リテールメディアや共創拠点としてのポテンシャルも十分な『空港』という場所―羽田空港の『今』を探り『明日』を創る、空港DX戦略対談【後編】

空港というリアル空間を起点に、デジタルと融合した新たな顧客体験の創出に挑む羽田空港の取り組みについて、日本空港ビルデング株式会社 旅客ターミナル運営本部 リテール営業グループ マーケティング戦略部長・中澤勝氏に、スマイルエックス合同会社CEO/日本オムニチャネル協会フェロー・大西理氏が訊く対談企画。前編では、公式アプリ「Haneda Airport」開発に至る背景や、データを起点とした顧客理解の深まり、ファン化戦略について語っていただきました。後編では、OMOの視点からECやリテールメディアなどを深掘りし、他社との協業にも議論が広がりました。

体験とデータでファンを増やす。羽田空港が考えるOMO体験

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お土産の購入は「体験」。選ぶ楽しさと時短ニーズを両立させるEC施策

大西:空港での体験を高めるためにOMOの観点では、どのような施策を考えていらっしゃるのでしょうか。

中澤:EC導入によって、新たな価値を提供したいと考えています。特にお土産に関しては、旅の思い出を誰かにお裾分けする「体験」そのものが価値です。商品を選ぶ時間も楽しみとなる一方、「短時間で効率よく購入したい」というニーズもありますね。

大西:羽田空港で購入した商品を、到着地の福岡空港などで受け取れるなど、空港間で連携したサービスも将来的には面白い展開になるかもしれませんね。

中澤:それもいいですね。「出発前にECで商品を選び、空港で受け取る」という使い方は現在でも可能です。特に東京ではお土産を買う機会が多く、帰路で手荷物が増えてしまうケースもありますから。また、旅から戻ってから買い忘れたものを思い出し、ECで購入するといった利用方法も想定できます。このように、ECには一定のニーズがあると考えています。

大西:ECと連携することで、顧客体験が大きく拡張できる可能性がありますね。私も空港をよく使いますが、施設系アプリは「そのときだけ使う」という印象が強く、どうしても利用頻度は限られがちです。しかしECと連携すれば、空港を使わない時期でもアプリに触れるきっかけとなるのではないでしょうか。

帰国した顧客に英語学習を提案?パーソナライズされたリテールメディアの可能性は大きい

大西:空港と利用客の関係性という文脈では、リテールメディア視点での施策も興味深いですね。

中澤:まだまだ多くの可能性があると感じています。たとえば海外への渡航後、「もっと英語を勉強しておけばよかった」と感じる方に対し、帰国時にアプリなどで英会話教室の告知を行なう、というように「旅」を起点とした消費行動を考えることで、よりパーソナライズされた提案や体験が可能になるでしょう。

感情に寄り添った取り組みと定量的な検証によってファン化を加速

中澤:最近、「羽田空港のファンの方々に向けたオンラインコミュニティ」を立ち上げました。もともとは、空港体験に大きな個人差があると気づいたのがきっかけです。意外な楽しみ方を利用者からの発信で広めることで、リアリティと共感が高まるのではと考えました。
現在、コミュニティ内では投稿・コメント・いいね(👍)などでポイントが貯まり、そのポイントを使って特別なイベントに参加できる、というようなメンバーの方々が特典を得られる企画を試験運用しています。

大西:貯まったポイントで特別な体験ができる。そんな価値提供の仕方は、これから増えていくでしょうね。「空港が好き」という感情に寄り添った取り組みをマーケティングに組み込んでいくことはファンを生み、結果としてLTV向上につながるのではないでしょうか。

中澤:はい。一般の利用者と比較すると、オンラインコミュニティ会員の方が売上への貢献度が高いロイヤルカスタマーにつながるような運用をしていきたいと考えています。

テクノロジーが創る"新しい日本の空の玄関口"の姿とは

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何事も「リアルな声」をベースに考える

大西:中澤さんが「お客さまにどういう体験をしてもらいたいか」を丁寧に想像し、必要なサービスを一つひとつ考えていらっしゃる姿勢が印象的です。日々のお仕事を進めるうえで意識しているのはどんなことでしょうか。

中澤:「お客さまの声に耳を傾けること」と「事実に基づいた提案を行うこと」は常に意識しています。以前勤めていた丸井での経験が大きく影響しているのかもしれません。
当時は流行や前例に基づいてブランド選定や売り場づくりをしていましたが、お客さまの視点があまり反映できていませんでした。しかし経営層がお客さまのニーズを重視し始めたことが転機となり、「お客さま会議」などでリアルな声を聞くようになったのです。
意外な気づきを得ることも多く、「お客さまのほうが先進的な考え方を持っている」と感じる場面もありました。お客さまのインサイトをベースに提案することの大切さが刷り込まれたように思います。

大西:仕事に向き合っていると、つい顧客視点を忘れてしまうこともあります。しかし自分たちも一歩外に出れば、他のサービスの「お客さま」。視点を意図的に切り替えることも大切ですね。

研究開発や実証実験を通し「新しいターミナル体験」を企業と空港が共創する

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大西:利用者の一人としては、空港に楽しさや居心地の良さを求める気持ちがあります。常に「行きたくなる場所」であってほしいです。

中澤:空港をよりよい場所にするためには、ターミナルの建設と運営がベース。限られたスペースをいかに効率的に活用し、最大限の利便性を提供するかが重要です。
現在、「terminal.0 HANEDA」と呼ばれる、技術開発や実証実験を行う拠点をHANEDA INNOVATION CITY (羽田イノベーションシティ)内に設けています。ここでは同じ志をもつ企業と互いの専門性を活かしながら協働で未来を作っていこうという考えのもと、30社以上の企業が集まって研究と協業を進めています。
例えば、北側サテライトと第2ターミナルの移動のために導入されたのが、複数人乗り自動走行モビリティ「iino」です。単なる移動手段ではなく、移動体験そのものを楽しんでほしいという思いに基づいて導入しました。
また第1ターミナル北側にも、6スポットを備えた出発・到着ゲート施設の工事が進行中です。羽田空港では初の木造・鉄骨ハイブリッド構造で、太陽光発電パネルの設置や、空調に頼らない温度調整の仕組みなど、サステナビリティを意識した設計が特色になっています。

大西:先進性が感じられる取り組みですね。羽田空港が世界の中でも独自性を持つ空港へと進化していく可能性を感じます。

他空港の強みを参考に、立地や目的に合った体験設計で「羽田空港らしさ」を追求

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大西:羽田空港は、英国のSKYTRAXが実施する2025年国際空港評価において、空港の総合評価である「World's Best Airports」部門で世界第3位を受賞しており、国際的にも非常に高く評価されています。他空港の事例についても、参考にされていることはあるのでしょうか。

中澤:シンガポール・チャンギ国際空港やロンドン・ヒースロー空港といった国際的に評価の高い空港の取り組みには学ぶべき点が多いと感じます。
ただ、立地やアクセス、利用目的の違いなど、空港ごとの条件には大きな差があるのも事実です。例えばチャンギ空港は、トランジット(乗り継ぎ)利用が非常に多いため、空き時間が発生した乗客向けに観光ツアーを用意するなど、独自の施策を発展しています。
他空港の良さをそのまま取り入れるというよりは、自空港の特性に合わせて工夫することが大切です。空港は他国と比較されやすい空間ですから、羽田空港も「日本の空港」として誇れる存在でありたいですね。

年間約8,000万人が訪れる空港で「また来たくなる」仕掛けを

大西:最後に、羽田空港がめざす将来の姿についてお聞かせいただけますか。

中澤:羽田空港には年間約8,000万人以上の方々にご利用いただいています。ご利用頻度の高いコアなファンの方はもちろん、頻度の少ない方も大切なお客さまです。
さらに見逃せないのが、空港で働く従業員の方々の存在です。航空会社や関連企業を含めると従業員だけでも約5万6,000人に達すると言われています(2024年時点)。この方々は日常的に空港内で買い物をされることも多く、実際に「HANEDAポイント」などのサービスも多くご利用されています。
利用者の属性や利用スタイルが多岐にわたる中で、よく利用する方にとっても初めての方にとっても、快適で楽しい空港体験を提供することが基本。「空港の利用は思ったより簡単だった」「空港に行って楽しかった」「また来たい」と感じてもらえる体験を、これからも大切にしていきたいですね。

インタビュイー紹介

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日本空港ビルデング株式会社

旅客ターミナル運営本部
リテール営業グループ
マーケティング戦略部長
中澤勝さん

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スマイルエックス合同会社CEO

日本オムニチャネル協会フェロー
大西理さん

前編「羽田空港アプリはなぜ32万ものユーザーに使われるのか?―羽田空港の『今』を探り『明日』を創る、空港DX戦略対談」はこちら