体験から共感、そして共創へ。ヤッホーブルーイングが描くファンとの関係性づくり―「よなよなエール」コミュニティマーケティング戦略対談【後編】

ファンイベントや直営店舗といったリアル空間とDX戦略のかけ合わせで、熱量の高いファンを生み出し続けるヤッホーブルーイング。後編では、OMOの視点からデータ活用やUGC促進施策を深掘りし、地域活性化への貢献にも話題が及びました。参加者は前編に続き、株式会社ヤッホーブルーイング よなよなピースラボUnit(顧客調査/顧客体験デザイン)Unit Director佐藤潤氏、スマイルエックス合同会社代表/日本オムニチャネル協会フェロー・大西理氏の2名です。

前編「ヤッホーブルーイングが「ぞっこん度」で見出す、ファンとの絆の深め方―「よなよなエール」コミュニティマーケティング戦略対談」はこちら

売上よりも"関係性"を育てるコミュニティマーケティング

本文_026.png

チケットは30秒で完売。40人から"フェス並み"の規模まで拡大したファンイベント

大西理氏(以下、大西):御社はECサイトや公式LINE、SNSアカウントでの施策、ファンイベントなど体験中心の施策も印象的です。ヤッホーブルーイングらしい顧客体験をどうデザインしているのですか。

佐藤潤氏(以下、佐藤):最初のファンイベントは2010年に40人規模で開催しました。2013年からは公式ビアレストラン「よなよなビアワークス」で定期開催をスタート。リピーターの方々が友人を連れてくる流れが生まれ、徐々に規模が拡大し、チケットが30秒で完売することもあるほどでした。コロナ禍前には、最大5000人規模にまで拡大していたのです。
コロナ禍で一度中断しましたが、現在は多様な規模や形式でのイベント開催に取り組んでいます。収益化は主目的ではなく、長期的な 関係構築をめざした施策です。
イベント参加後にぞっこん度やLTVが向上する傾向が見られたこともあり、現在はイベント参加履歴も購買データに組み込み、LTVとの関連性を分析できるようになっています。

大西:現在、「よなよなエール」のファンは推定どれくらいになるのですか。

佐藤:自社で実施しているブランドリフト調査を元にすると、我々の製品に接している人は年間数百万人規模と考えられます。そのうちの何割かは熱量の高い 方々なのだろうと思います。もっと出会いたいし、つながりたいですね。

1通のメールが顧客の心をつかむ。「よなよな式」デジタルマーケティングの極意

本文_007.png

大西:お客様とのコミュニケーションに関して、御社のメルマガについて教えてください。一般的な配信では「お買い忘れはございませんか」などの自動シナリオ的なパターンによる関係性強化というのが常套手段ですが、ヤッホーブルーイングでは、どのように顧客との関係をつくっているのですか。

佐藤:メールでは、企業ミッション「ビールに味を!人生に幸せを!」への共感を促すことが何よりも大切だと考え、新製品 のレコメンドだけでなく、弊社のカルチャーが伝わる企画や遊び心のあるコンテンツを盛り込むようにしています。

大西:とはいえ、新製品 が出たらプロモーションしたくなるのが企業の論理です。発信内容のコントロールに苦労されることはありますか。

佐藤:難しさはあります。知名度が上がってECが伸びやすい状況になると、どうしても発信が「販促ファースト」になりやすいですよね。しかし、弊社のお客様は熱量や遊び心に敏感です。ときには「もっと熱くクラフトビールの良さやミッションへの熱い想いを伝えてほしい !」という声が届きます。

本文_028.png

大西:それはすごいですね。メルマガを楽しみにしている読者が明確に存在していて、しっかりと反応がある。ブランドとは顧客の「認識」によって成立するもので、ファンが共創的にブランドを支えている企業では特に、「変えること」と「らしさを守ること」のバランスが非常に重要です。御社はその観点でバランスが取れているのでしょうね。

佐藤:ありがとうございます。他にお客様に対する気持ちや感謝を伝える場として、ファン参加型企画は大切にしています。例えば「よなよなエールを旅に連れて行った写真」などのテーマでフォトコンテストを実施すると、数百通規模の応募が集まるのです。「意味がわからないで賞」など、ユーモアのある選定も好評いただいています。
ビールは人によって飲める量や好みが違うため、MA(マーケティングオートメーション)ツールで「おすすめ」を一律に出すのは難しいですし、データのみで行動を促すような施策には違和感があります。ここ数年の顧客調査から、ヤッホーブルーイングらしいMA活用方法を少しずつ見出してきているところです。

大西:一般的なMAは購買を目的に設計されますが、ビールの場合は「飲んでみたい」という気持ちを引き出す方が大切です。今後MAを取り入れるなら、「買ってもらうため」ではなく、「関係性を深めるため」のツールとして活用し、人の温度感や双方向のやりとりが伝わる仕組みにすれば、UGC(ユーザー生成コンテンツ)との相乗効果も期待できるように思います。

佐藤:楽しみへと導くような情報提供がぞっこん度の向上 につながるのは確かですね。例えば、缶のデザインが好きな人の中には、缶のまま飲んでいる傾向が高いことがわかっています。私たちとしては、色や香りも楽しんでもらいたいのでグラスに注いで飲んでいただきたいと思っているのですが、それが浸透していないのです。他にも、銘柄ごとにマッチするおつまみなど、ビールを飲むこと周辺にあるコンテンツを積極的に発信しているところです。

大西:ビールの良さをテキストや画像で表現するのは難しいですが、ヤッホーブルーイングではUGCが自然と生まれています。商品自体の魅力に加えて、クリエイティブやコミュニケーションの設計が奏功しているのではないかと思いますね。

「日本に新しいクラフトビール文化を」実現するための布石とは

イメージ写真➀.jpg

ファンがイベントを主催し、司会まで受け持つ「共創メンバー」になるまで

大西:ぞっこん度の高いファンとブランドや商品を作っていく構想もあるのでしょうか。

佐藤:ファンの方々と共同での製品開発は難しいと考えています。というのも、弊社の開発チームは徹底したターゲット調査を通して潜在的なニーズを捉えた製品づくりをするのが強み。ファンの声を聞くだけでは、現在のようなアウトプットは出せないと考えています。
一方で、ミッション に共鳴してくれるファン の方々との共創には大きな可能性を見出しているのも事実です。最近ではぞっこん度の高い9名のファンとともに、製品やサービスに対するフィードバックをいただいたり、未来を一緒に考えたりする「よなよなこれから会議」を行いました。
2025年に『有頂天エイリアンズ』をセブンイレブンで全国展開するにあたって、味やストーリー設計への感想やアドバイスをいただき、東京・大阪で開催したイベントでは、運営にも全面的に協力いただきました。

ササキ超宴_T1_09550.jpg

大西:集合写真を見ると、主催者チームとしての一体感がすごいですね。誰がスタッフで誰がファンなのか判別がつきません。

佐藤:2025年5月に開催したイベント「よなよなエールの超宴」でも、この9名の方々と共同でブースを出展しました。『有頂天エイリアンズ』の魅力を徹底的に伝えられるよう、準備を進め、イベント参加者の方々に 喜んでもらうことができました。

大西:製品開発をプロダクトアウトとマーケットインのどちらかに振り切るのではなく、ハイブリッド型で進めている点がユニークですね。マーケットインに偏りすぎるとブランドの個性がなくなる一方、完全なプロダクトアウトでは市場から乖離する恐れがありますから。
ファンのぞっこん度をさらに上げる関係構築も見事ですね。コアなファンが共創者へとステップアップするプロセスを他のファンが目にすることで、新たなコアファン化の循環につながっていくように思います。

佐藤:「つくり手」と「飲み手」という役割の違いはあっても、目指しているのは「同じ方向を向く仲間」のような一体感のある関係性です。共創メンバー9名のようなファンにとって、よなよなエールを買う行為は単なる消費ではなく自己実現。我々がその舞台を提供することで、ファンの方々が共創者に変わってくださると考えています。
そんな風に企業としてのミッションに強く共感してくださる方の存在に気づいたとき、社外に発信していくフェーズに来ているのだと感じました。今後コミュニティを作るなら、イベント主催やクラフトビール愛を活かした研究など、一歩進んだ活動の提供も視野に入ると考えています。

体験で広がる共感、地域で育てる絆。ファンの間口を広げる仕掛けを

本文_031.png

大西:よなよなエールをこれからどんなブランドにしていきたいか、今後の展望をお聞かせください。

佐藤:直近で言えば、『有頂天エイリアンズ』がセブンイレブンという大手コンビニ に並ぶのは快挙だととらえています。これをきっかけにもっともっとお客様の間口を広げ、理解者を増やしていきたいですね。
また、公式ビアレストランでの体験も重視しています。自宅で味わった後に公式ビアレストランを訪れていただくことでクラフトビール体験が深まり、「私のチョイスってやっぱりいいよね」と選択に自信をもっていただけると考えています。
2026年には、大阪・泉佐野に「ヤッホーブルーイング大阪醸造所 よなよなビアライズ」がオープンします。製造拠点としての役割の他、醸造見学ツアーやファンイベント、クラフトビールを現地で飲めるタップルームなど、エンターテインメント性を兼ね備えた体感型ブルワリーとなる予定です。新たな拠点を起点に、関西のビールファン を中心に全国のビールファンに日本のクラフトビールの魅力を伝えたいです。

大西:地域との連携構想はあるのでしょうか。

佐藤:地域という軸でも新たなつながりが作れるのではないかと考えています。例えば 長野にある製造拠点では、地元栽培のホップで軽井沢限定ビールを製造・販売したり、ビール醸造の過程で生じた有機物を地元農家に提供したりしています。
長野県でも、地元住民 の方々と協働でイベントを開催しました。また、弊社には社長を含めた全員がニックネームで呼び合う文化があり、その背景からチームビルディングについて地元企業から研修を依頼されるケースもあります。
クラフトビールだけでなく、マーケティングや組織づくりといった自社のナレッジを地域の企業・スタートアップと共有し合うことで、地域全体を盛り上げたいですね。

インタビュイー紹介

prof_1022_00601.jpg

株式会社ヤッホーブルーイング

よなよなピースラボUnit
(顧客調査/顧客体験デザイン)
Unit Director
佐藤潤さん

prof_1234_00580.jpg

スマイルエックス合同会社CEO

日本オムニチャネル協会フェロー
大西理さん

前編「ヤッホーブルーイングが「ぞっこん度」で見出す、ファンとの絆の深め方―「よなよなエール」コミュニティマーケティング戦略対談」はこちら