AIエージェントが変える「顧客体験」と「創造性」
ワールドが挑む「AIX」の現在地【後編】

株式会社ワールドの企業戦略室AI・イニシアティブ長として陣頭指揮を執る上條千恵氏と、スマイルエックス合同会社CEO/日本オムニチャネル協会フェローの大西理氏が、アパレル業界で挑むAIトランスフォーメーション(AIX)について語っていただく対談企画。
組織にAIを浸透させる体験設計を紐解いた前編に続き、後編では、同社が活用する生成AIツール『Maison AI』(メゾンエーアイ)の事例や、AIと共生する次世代の社員像、日本のファッション業界が目指すべき未来までを深掘りします。

前編「アパレル業界のAI先進企業は、いかにしてAIを社内に浸透させたか?ワールドが挑む「AIX」の現在地」はこちら

AIエージェントは「自動化」を超えて「組織の再構築」をもたらす

本文_004.png

アパレル業界のみならず、会計事務所から留学支援企業まで、業界を超えて機能する『Maison AI』

大西 理氏(以下、大西):ワールドをはじめ、多くの企業で活用されている生成AIツール『Maison AI』について詳しく教えてください。

上條 千恵氏(以下、上條):『Maison AI』はデザイナーやMDなど120種類以上の専門職に対応したAIエージェントを備え、ファッション・小売業界の業務を幅広くカバーする生成AIツールです。ワールドグループの子会社であるOpenFashionが生み出し、現在はAuthentic AI社が事業を引き継いでいます。最近ではアパレルに限らず、会計事務所や留学支援をされている企業など、非常に幅広い業種でご活用いただくケースが増えています。
私たちが注力しているのは、単に作業をAIに置き換えることではありません。その先にある、組織そのものをAIで再現し、より効率的で高度な形へアップデートする「AIネイティブカンパニー」への変革をご支援することに重きを置いています。

大西:AIがツールの導入だけにとどまらず、組織デザインや組織のロジックそのものを変革していくわけですね。

上條:はい。例えばワールドグループ内には70以上のブランドがありますが、各担当者は「ブランドらしさ」を表現するためにいかに商品説明文をつくるか、日々頭を悩ませています。私たちはそういった課題に対して、どうすればAIでブランドの個性を引き出せるかといった「考え方」を共有します。アパレルならアパレルのドメイン(領域)に根ざした、既存のシステムでは解決しきれないようなこだわりをAIで実現することが、AXの本質なのだと考えています。

ツール提供に留まらない。伴走する「カスタマーサクセス」としての役割

大西:人材育成や社内への普及という面でも、上條さんやOpenFashionはかなり深く関わっていらっしゃる印象があります。

上條:そうですね。高度なツールを組織全体に普及できる人材はまだ限られているので、お客さま側のAI推進担当者が社内でノウハウを蓄積し、活用を自律的に広げていけるよう、AIとの付き合い方やエージェントのつくり方を伝承するよう心がけています。プロダクトを通じてAI活用を学び、自社のノウハウとして収穫してもらう状態が理想的ですね。

大西:いわば「カスタマーサクセス」として、AIの先導者を社内に育てる伴走をするといったところでしょうか。

上條:まさにそうです。個別の課題解決にとどまらず、経営視点を持って組織全体の変革に携わることを大切にしています。私自身、OpenFashionの経営を通じて人事を含めた全体を俯瞰しているからこそ、「ツールを使う」という視点ではなく、高い視座でお付き合いできているのかなと思います。

AIか、人間か。次世代の顧客体験とは?

本文_008.png

7,000人の販売員が持つ「引力」を活かしたい

大西:2025年の米国ブラックフライデーでは、AI経由のトラフィックと売上が急増するなど、AI活用の実利も出始めているように思います。AIによってバックオフィスの事務作業やデータを変換する手間が減り、EC運営も大幅にスピードアップしてきました。そんな中で上條さんは、これからの顧客体験はAIによってどう変化していくと考えていますか?

上條:AIを活用すれば、数百万人のお客さまに対して一対一に近いパーソナルな体験を大規模に提供できます。私も前職のMD時代には、エリアマネージャー、店長、現場スタッフなど、多くの人を介して商品の情報をお客さまに届けていました。それがECの責任者になったときに、一気に数百万人のお客さまに直接メールをお送りできるようになる経験をしました。AIを活用すれば、そのスピードや量がさらに加速するのは間違いありません。
一方で最も重要視しているのは、ワールドが誇る約7000人の販売員の存在です。お客さまが販売員と接して魅力に引き込まれ「やっぱりこの人から買いたい」と思う心理は、実はAIのパーソナライズよりも強力な「引力」を持っているのです。

大西:最終的に価値が高いのは「ヒューマニティ(人間性)」の部分ですよね。軸はあくまで人間性に置きつつ、その周りをAIで固めることで、人間の感性にさらに磨きがかかります。そんな「人間性とテクノロジーの融合」というのが、アパレル業界の目指すべき未来ではないでしょうか。

上條:おっしゃる通りだと思います。お客さまの価値観も多様化していく中、機能性や利便性を重視する「衣料品」としての購買と、出会いの意味を重視する「ファッション」としての購買では、求められる体験が異なります。
前者であれば、ECでサイズチェックや価格比較したいときに、細やかに対応できるAIがあれば喜ばれますが、後者には「心に響く対話」が必要です。例えば、お客さまがいかに服の知識を蓄えていても、現場で服を触りながら「これはこういう意図でつくられているんですよ」と販売員に改めて言葉をかけられるだけで、心が解きほぐされるようなケースはあります。このようにファッションの現場では、ハイコンテキストな対話にこそ人が介在する究極の価値が残ると考えています。

「部下は全員AIエージェント」という時代に求められるもの

上條:今後は現場のスタッフも、ただ業務をこなすのではなく、自ら判断を下す「ディレクター」としての意識が重要になります。AIでメッセージの配信作業などはより効率化し、早く大量に行うことができますが、その分、最終的な判断に伴うプレッシャーや責任は重くなります。だからこそ、AIを強力な部下として使いこなし、自分がホスト(主役)として振る舞うことが、仕事の核になるはずです。

大西:いずれ「プロデューサーは1人で、部下は全員AIエージェント」という組織も現実味を帯びてきますね。

上條:そうですね。既にDtoCブランドのインフルエンサーなどは、一人でデザイナーもプレスも兼ねるようになってきています。そういった変化を踏まえると、「自社はどうなりたいのか」「そのために人をどう活かすのか」というビジョンを提示することが、非常に重要になっていくでしょうね。

大西:細分化されていた役割が統合される流れと、個人の力が最大化される流れが進んでいる今、いかに組織や企業経営をアップデートできるか。AI時代の経営層のあり方がダイレクトに問われる時代に入っているのだと感じます。

ワールドが描く、唯一無二のファッションエコシステム

本文_003.png

AIの力で、お客さまとのファッションの共創を実現する

大西:ワールドグループが掲げる「ワールド・ファッション・エコシステム」において、AIは今後どのような役割を果たしていくのでしょうか。

上條:「デザインし、縫製し、お客さまに届ける」というファッションの文脈は変わりません。しかし、その循環のあらゆるプロセスにAIを噛み合わせることで、新しいモノづくりの形が見えてくると考えています。
実は、今日私が着ている服も画像生成AIでデザインしたものです。スピード感をもってつくれることはもちろんですが、「画像を事前にファッションインフルエンサーの方々に公開して投票してもらい、需要があるものだけを製品化する」といった取り組みも可能になっています。

大西:あえてプロダクト開発の言葉でいえば、とても「アジャイルなモノづくり」ですね。お客さまと共創し、時間を圧縮しながら、確実に望まれるものを届ける、と。

上條:今後も、既製服とオーダーメイドの中間のような、お客さまの「想い」が乗った製品をテクノロジーで実現したいと考えています。こうした種をたくさん蒔き、検証しながらファッションのエコシステムを変化やスケールさせていきたいですね。

早期に取り組むからこそ、AIのさらなる可能性に気づける

大西:アパレル業界におけるAIの活用は、目まぐるしいスピードで変化しています。とはいえ、なかなかAIが現場まで浸透した組織に変われない企業も多いように思います。

上條:大前提として「新しい組織になりたい」という意志があるかどうかは重要ですね。AI活用を阻む最大の壁は、「過去の成功体験への執着」ではないかと思うのです。今までのやり方で正解を出してきた自負が強い組織ほど、新しいチャレンジに対して二の足を踏んでしまう。それでも事業が伸びるならそのままでいいと思います。ただ、事業成長を求めて変わっていきたいと思うのなら、トライ&エラーを許容し、新しい挑戦を面白がる文化があるかどうかが、大きな分かれ道になるでしょう。

大西:まずは一歩踏み出すことが、組織のその後の変革にもつながっていくと。

上條:そうですね。「夏休みの宿題」と同じで、AI活用を後回しにするのではなく、早めに手をつければ、「実は面白い宿題だった」ことに気づける可能性もありますから。

大西:最後に、ファッションや小売、EC業界でAI活用を進めたいと考えている企業へメッセージをお願いします。

上條:これまで、素晴らしい感性を持ちながらもうまく言葉にできなかったプロフェッショナルの思考も、AIが引き出し、言語化をサポートできるようになりました。これからは、AIを相棒として使いこなし、人間にしかできない「価値創造」に集中する時代です。この変化をともに楽しんでいきましょう。

インタビュイー紹介

prof_1022_00601.jpg

株式会社ワールド

企業戦略室 AI・イニシアティブ
株式会社OpenFashion COO/株式会社Authentic AI
シニアマネージャー
上條 千恵さん

prof_1234_00580.jpg

スマイルエックス合同会社CEO

日本オムニチャネル協会フェロー
大西 理さん

前編「アパレル業界のAI先進企業は、いかにしてAIを社内に浸透させたか?ワールドが挑む「AIX」の現在地」はこちら