店舗起点でのつながりを重視し、オンオフ両面で購買意欲を高める
57ブランドを成功に導くTSIのOMO戦略【前編】

「NANO universe」や「MARGARET HOWELL」、「NATURAL BEAUTY BASIC」など多数のブランドを展開する株式会社TSIホールディングス。2024年4月には、"ファッションエンターテインメント創造企業" の実現をめざす中期経営計画 (TIP27)を発表し、新たな改革を打ち出しています。今回は株式会社TSIプラットフォーム本部デジタルプラットフォーム部長の岸武洋氏に、時代に即したマーケティング戦略について伺いました。前編では、OMOやEC戦略について語っていただきます。

幅広い管掌範囲で効率化と売上改善にアプローチ

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黎明期から身につけてきたマーケティングドリブンのビジネスモデルが今に生きる

――現職でどのような業務やミッションを担っていらっしゃるのか、お話しください。

岸武洋氏(以下、岸):デジタルプラットフォーム部長として、コンテンツの企画・制作、カスタマーサービス部門やECのフロントエンド・保守を管掌しています。メインミッションは売上向上とコスト削減・効率化と、攻守の両面を担当しています。
コンテンツ制作については、撮影・採寸・原稿のすべてを社内で行っています。以前はオウンドメディアのCS全般やアプリも担当していました。

――幅広いご経験があるのですね。キャリアの中ではどのようにマーケティングに関わってきたのでしょうか。

岸:私は国内のストリートブランドでキャリアの大半を過ごしてきました。店頭販売からスタートし、店長やSVを経験。物流やCRM、ダイレクトマーケティング部門の立ち上げ、そしてECと、比較的マルチに経験してきています。
当時のファッション業界には体系化されたマーケティング戦略はあまりなく、どちらかというと感性の世界でした。そもそもストリートブランドのカルチャーでは、マイノリティであることが美学。マスに向けてのプロモーションはあまり行っていなかったのです。
しかし、2001年ごろから飲料メーカーと組んでキャンペーンをしたり、街中にラッピングバスを走らせたりということを始めると、それまで接点のなかった属性のお客様もお店に来てくれるようになりました。
マーケティングに関するロジックを身に付けた今、当時を振り返ってみると、意外とよくやっていたなと思いますね。自分たちがいいと思うものを作って、インフルエンサー的な存在や雑誌を通して広げていく。当時はテレビや雑誌も強かったですし、芸能人が着ることによるプロモーション効果も絶大なものがありました。
仕組みと仕掛けの両軸でマーケティングができていたのです。90年代のストリートブランドは、まさにマーケティングドリブンのビジネスモデルでした。

――ファッションブランドが現在のようなデジタルやデータを用いたマーケティングをするようになったのはいつ頃からですか。

岸:デジタルマーケティングは2010年くらいからでしょうか。2004年ごろにECが出てきて、そのあたりからデジタルを意識し始めていたと思います。

多様なブランドを擁するTSIならではのマーケティング戦略

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ブランドごとの顧客コミュニティ構築でつながりを深める

――TSIホールディングスでは現在、どのようなマーケティング戦略を立てているのでしょうか。

岸:TSIは歴史ある企業で、多くのブランドの統廃合を繰り返して成長してきました。その結果として、ポートフォリオが非常に広範囲にわたっています。ストリート系からゴルフ、レディースのハイエンド、カジュアル、メンズのセレクトショップまで、多種多様なブランドを持っているのです。
これらすべてを統一的なマーケティング戦略で扱うのは困難です。したがって、TSIのマーケティング戦略の大上段に位置するのは、「個別ブランドごとに顧客コミュニティを構築すること」だと考えています。
オンライン・オフライン両面でブランドごとの囲い込みを行い、お客様とのつながりを深めることを重視しているのです。具体的には、店舗での接客を通じてお客様とつながり、そこからアプリやLINE、ECサイトを経由してデジタルチャネル上の顧客リストを拡充していく形です。

――最初にデジタルで接点を作り、そこから店舗に誘導するような流れではないのですね。

岸:特にコロナ明けから、お客様が店舗に戻りつつありますし、コンバージョン率もデジタルより店舗の方が圧倒的に高いことが確認されています。そのため、オフライン戦略としては、店舗でお客様とつながりを作り、集めた顧客リストをもとにデジタルマーケティングを行うという、基本に忠実なアプローチを取っています。
どのブランドも一度は店舗に足を運んでもらうことを目指し、来店予約や店舗受取サービスなどのフロントの強化も行っています。店舗での接客によって、顧客の購買意欲を高める流れを作っているのです。

自社EC化で見据えるTSIの未来

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EC戦略の最適化で「顔が見える顧客」の獲得を

――事業全体におけるEC事業の位置づけ、戦略の考え方についてお教えください。

岸:先ほどリアル店舗の重要性をお伝えしましたが、一方でECサイト経由の購買は利益率が非常に高くなります。当社でもEC化率の向上は重要なテーマと捉え、各ブランドに適したECサイトの設計を行っています。
例えば、ECを「最終購入の場」として位置づけ、買いやすさを追求するケースもあれば、「メディア」のように情報提供を重視し、店舗への集客を図るケースもあります。

――中でも、自社EC化を重視されているのはなぜでしょうか。

岸:売上という点で見れば、現状は自社ECサイトよりも他社ECモールが上回っていますし、顧客接点という意味でも全く軽視していません。むしろ、他社ECモールでいかに効果的に販売していくかは重要な経営課題です。
一方で、自社ECは「顔が見えるお客様」を獲得できる点が一番の違いです。お客様の購買履歴や行動データといった貴重なデータを取得できる。これは、お客様1人ひとりに合わせた商品提案やキャンペーン展開といった、きめ細やかなコミュニケーションを実現する上で欠かせないものです。
言い換えれば、お客様との距離を縮め、ロイヤルティの高い関係を築くための武器が手に入るということでもあります。
他社ECモールは「場所の持つ集客力」に依存せざるを得ないため、集客では圧倒的なパワーを持つ一方、顧客との直接的な接点は持ちにくい特徴があります。
自社ECと他社ECモールの最大の違いは、行えるマーケティング施策の範囲の広さにあるのです。いわば、自社ECを持つことはマーケティングにおける「打ち手の数」を増やすことであると言えます。

探したいものにストレスなく出会えるためのECサイト統合

――自社ECサイトの具体的な施策についてお話ください。

岸:ECサイトの統合を進めています。現在、30以上のブランドサイトを運営していますが、個別に運営するとコストとリソースがかかりすぎるため、効率化を図る必要を感じてきました。
また、当社のファッションブランドのお客様がゴルフを趣味にした場合、TSIのゴルフブランドを選ぶ人は多くはありません。サイトが別々であるため、クロスユースの推進が難しいのです。
お客様が探したいものにストレスなくたどり着けるためのプラットフォームの整備という観点で、ECサイト統合は大きな課題です。

100点を目指さず割り切ってチャレンジ

――先進的に海外製品を含めたツールを使い施策を打っています。ベースにある思想はどのようなものでしょうか。

岸:多くのブランドを擁するTSIでは、常にサイトやアプリを複数構築することが必要でした。2ヶ月で20個のアプリを作らなければならない時もあったほどです。当然、いかに早く実行するかが大切になってきます。
それらを実現できるのはSaaSプロダクトであり、しかも我々が必要とする機能をカバーするという目的において、グローバルソリューションがベストなケースにおいては躊躇なく取り入れてきました。
完璧を求めすぎると、逆に動きが鈍くなってしまいます。「割り切ってすぐ実行する」という考え方で、100点を目指さず、テスト的にでも新しいツールを導入することで、常に新しい可能性を探っているところです。このような考え方をもった人を集めてプロジェクト化していることも、スピーディーな展開につながっています。

インタビュイー紹介

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株式会社TSI

プラットフォーム本部
デジタルプラットフォーム部長
岸武洋さん