経営層、現場、お客様を巻き込んでこそ実現する
One to Oneの未来57ブランドを成功に導くTSIのOMO戦略【後編】
- 2024.08.07
- 特集
多くのブランドを展開し、幅広い年代から支持されている株式会社TSIホールディングス。2022年には「脱アパレルonly企業」を宣言し、環境・社会と市場、生活者に向けたサービスの構築を目指してきました。前編「店舗起点でのつながりを重視し、オンオフ両面で購買意欲を高める 57ブランドを成功に導くTSIのOMO戦略」では、OMOをはじめとするマーケティング戦略の概観について、株式会社TSIプラットフォーム本部デジタルプラットフォーム部長の岸武洋氏に伺いました。後編では、データ活用やSNSマーケティングなどを活用したOne to Oneサービスへの道のりについて語っていただきました。
新たな顧客体験の創出へ、事業面・組織面での取り組み
アンケートデータ重視でエンゲージメントを高める
――顧客体験価値の向上のために「テクノロジー」「データ」「店舗・スタッフ」を連動させているとのことですが、どのようにそれを実現されているのでしょうか。
岸:数年前に、実店舗における行動データ取得の取り組みを強化しました。来店したお客様とWeb上の行動履歴を紐づけ、リアルタイムで在庫状況を提示する、店舗の売上ランキングと連動した商品提案を行うなど、顧客体験の向上を目指していた試みです。
具体的には、試着室へのセンサー設置やICタグ導入など、テクノロジーを活用したデータ取得を行いました。取得したデータは、顧客へのフォローアップメールなどに活用し、一定の成果を上げたと思います。
しかし、現場の店舗スタッフのオペレーション変更が難しく、十分なデータを取得できないという課題に直面しました。また、顧客体験の向上という視点に立つと、やみくもにデータを集めるのではなく、「必要なデータを適切に取得・活用していく」ことが大切だということも分かってきました。
そこで今は、事前に得られたお客様の情報を販売員にインプットしていくことを検討しています。特に、お客様が能動的に回答してくださったアンケートのデータは、取得目的が明確であり、顧客のニーズや課題を深く理解し、エンゲージメントを高める上でも重要なものと位置付けています。
円滑なプロジェクト推進に必要なのは全員が納得できる「旗印」
――OMOをはじめとするマーケティング施策の推進において、組織マネジメントの観点で大切なことは何でしょうか。
岸:多くの企業でも抱える課題だと思いますが、TSIでは部門ごとに異なるKPIが存在します。この状態でプロジェクトを円滑に進めるためには、全員が納得する「旗印」を掲げることが不可欠です。そして私たちのような顧客ありきのビジネスでは、この旗印は顧客に関するものでなければなりません。
つまり、「顧客の問題を解決するために、このプロジェクトを実行する」という明確なビジョンを全員で共有することが大事なのです。当社では、会議の冒頭に必ずこのビジョンを掲げるなど、日常的に意識できる工夫を行っています。
ただし、全てのレイヤーに同じメッセージを伝えるだけではありません。取締役会やマネジメントレイヤーには、コスト効率や利益といった経営目線のメッセージも必要になります。
一方で現場に近いスタッフには、「このプロジェクトが顧客満足度をどのように向上させるか」や、「具体的に自分たちの作業がどのように改善されるか」を重点的に伝えます。同じプロジェクトでも伝えるポイントを変えることで、各レイヤーからの賛同を得やすくなります。
そのうえで必要なのは、1人ひとりの従業員が自分の役割範囲を超えて協力し合う姿勢です。この動きを作るためには、旗振り役であるプロジェクトリーダーの情熱や人柄が非常に重要だと考えています。「あの人が言うならやってみよう」と思わせるだけの信頼感や共感を得ていれば、プロジェクトはうまく進むのです。
OMO施策は総合的に売上に貢献している
――OMOをはじめとする各施策における成果を、定量・定性両面から教えていただけますか。
岸:OMO施策は基本的に複合的な要素があるため、その成果を定量的に示すことは難しいですね。定性的に考えると、様々な施策の結果、スタッフのデジタルコンテンツ作成スキルやセルフプロモーションの巧みさは向上しており、売上も着実に伸びています。
特に、スタッフによるSNS投稿やライブ配信といった取り組みは、お客様との新たな接点を生み出し、エンゲージメント向上に寄与しています。また、店舗の高いコンバージョン率を生かすべくスタッフ単位での来店予約を導入したところ、大きな効果がありました。
ただし、これらの取り組みが売上へ与える影響を正確に測定することは容易ではありません。SNSでスタッフコーディネート投稿を見た顧客が、後日実店舗で購入するケースなども考えられるため、単純にECサイト上での購買だけで評価することはできないのです。
重要なのは、売上への直接的な影響だけでなく、顧客体験の向上やブランドイメージの向上といった定性的な効果も考慮しながら、総合的に評価することだと考えています。
――自社のマーケティングコミュニケーションにおいて、現時点での課題がありましたらお教えください。
岸:スタッフはお客様対応をしながらも、デジタルコンテンツの作成に力を入れています。新たなデジタルチャネルを通じて新たなお客様と接点を持つことができますし、スタッフが輝ける舞台があるのは良いことだと思います。
しかし結果としてスタッフの業務が増えすぎたり、デジタル施策に注力しすぎたりすると、現場のお客様対応が疎かになるリスクがあります。戦略的に店舗の役割を定義し、スタッフがオンラインとオフラインの両方で効率よく活躍できる環境を整える必要がありますね。
お客様が多様なブランドとの出会いを楽しめる未来へ
リアルタイム・量産にフォーカスしたSNSマーケティング
――マーケティングにおいて、時代の変化に応じて変えてきた部分についてお聞かせください。
岸:マーケティングの考え方に大きな影響を与えたのは、やはりSNSの台頭ですね。発信するコンテンツは、リアルタイムであること、量産できることが重視されるようになりました。そのため従来のように1つの写真にこだわった撮影ではなく、多くのコンテンツをスピーディにSNSやECサイトに供給していくアプローチにシフトしています。
また、現在ではブランドごとに異なるコミュニティが形成され、それぞれのコミュニティに合ったコンテンツをリアルタイムに発信していくことが求められています。SNSにおけるマーケティングも細分化され、より業務効率化が必至の世の中になってきました。
当社では最近、生成AIを活用し始めています。プロモーションやコーディネート提案などにAIによって生成された画像を使用しているのです。
もちろん、そのままでは所々に違和感が残るため、人の手による修正は必要です。しかしAIを活用することで、画像の量産が可能となり、マーケティング活動の効率化に貢献しているのはまちがいありません。
また、時代によって変わらない部分もあります。弊社ブランドでは特にリアルコミュニティに力を入れています。特に、ゴルフブランドの会員を対象にしたコンペやプロによるレッスン、展示会への招待など、リアルなイベントを通じてお客様との接点を増やす取り組みを行っています。
――時代の流れをつかむために取り組まれていること、大切にしている情報収集方法などはありますか。
岸:社内でのブランド横断的なミーティングを通じて、成功事例やノウハウの共有を行っています。例えば、あるブランドでうまくいった施策を他のブランドにも展開し、総合的な効率化を図る。それにより全体のマーケティングレベルを押し上げていくのです。私の部門はそのハブとなる存在になろうと努力しています。
他社との人的ネットワークなどからの情報収集も欠かせません。業界トレンドを常に把握し、新しい技術やアプローチをいち早く取り入れるよう努めています。
サイト統一で実現するOneID。得られたデータをサービスに還元
――One to One サービス実現に向けた、今後の展開や展望についてお話しください。
岸:我々のパーパスは、「ファッションエンターテインメントの力で、世界の共感と社会的価値を生み出す。」ことです。2027年を最終目標とした中期経営計画「TIP27」の中では、ブランドごとのマーケティング戦略を維持しつつ、個々に存在していた顧客IDを1つに統合することを打ち出しました。One IDが実現すれば、取得できるデータの質と量は確実に増えるでしょう。
我々の課題はそれをどう活用し、サービスに落とし込むかということです。お客様はこれまでのブランド体験を損なうことなく、さらに新しい出会いを創出する仕組みを作り、One to Oneでいろいろなアプローチをしていく世界を作っていきたいと考えています。
インタビュイー紹介
株式会社TSI
プラットフォーム本部
デジタルプラットフォーム部長
岸武洋さん
前編「店舗起点でのつながりを重視し、オンオフ両面で購買意欲を高める 57ブランドを成功に導くTSIのOMO戦略」はこちら