空前の売上増を生んだのは、「行動変容」に最適化したマーケティング
老舗アパレルのデジタル施策が成功する理由【前編】

1947年設立のアパレルメーカーであるヤマトインターナショナル。「ものを創り 人を創り お客様と共に心豊かな毎日を創る」をミッションに掲げ、カジュアルラインを中心に多くの支持を得ています。今回は同社執行役員でマーケティングコミュニケーション部部長である長尾享諭氏に、マーケティングによる企業変革について伺いました。前編では、老舗ならではのデジタルマーケティング戦略や新規事業成功のポイントについて語っていただきます。

起業、家業の承継を経て入社。アパレル経営経験で培った豊富な知見

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アパレル業界のデジマ黎明期から携わり、ECを知り抜いてきた

――これまでのご経歴と現職で担われている業務についてお聞かせください。

長尾享諭氏(以下、長尾):学生時代、ユナイテッド・アローズ原宿本店のオープン時にアルバイトをしていました。大学卒業後は就職せずにアパレルメーカーを起業し、30歳になる頃にレディースアパレル小売だった家業を継ぎました。2009年に家業を大手アパレル企業に売却したのち、再び起業。「在庫を持たない事業をしてみたい」と考え、民放テレビ局やSNSと連動したファッションセールのイベント化事業を手がけました。
2015年に、現社長から声をかけてもらったことを機に、現在のヤマトインターナショナルに入社しました。入社当時のミッションはECの拡販と、D2Cブランド「CITERA」や海外ブランドの商標権買収など新規事業の立ち上げ。それらを経て、現在はマーケティング全般を掌握し、新規事業開発やM&A、全社横断のDXプロジェクトも手がけています。ハードよりソフトに投資してきた点は一貫しているかもしれません。

――キャリアの中でどのようにマーケティングに関わってきたのでしょうか。

長尾:家業を継いだ時に、ルミネをはじめ駅ビルやファッションビルで展開するレディースアパレルでECに関わり始めました。例えば、会員数を増やすために某タブレット菓子とコラボさせていただき、ブランドロゴとECの会員登録QRコードのシールを貼り付けたタブレット菓子を全国百数十の店頭で配布した施策があります。
その結果、1年で10万人ほどの会員登録があり、CRMを積極的に行った結果、EC売上もどんどん上がっていったのです。これはまだスマホもない2006年ごろ、3Gガラケー時代の話です。その頃からCRMの経験を積み重ねてきたので、知見には再現性があり、ヤマトインターナショナルでも活きていますね。

会員数100万人、2015年の改革からEC売上連続2桁増を可能にした施策

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「シニアはデジタルツールを使わない」という思い込みを打破

――貴社ではどのような戦略のもと、DXやマーケティング支援を行われているのでしょうか。

長尾:我々の基幹ブランドである「クロコダイル」の主要顧客層はシニア世代です。主にGMS(総合スーパー)自主管理型ブランドショップで、北海道から沖縄まで全国に約850店舗を展開しています。
2015年、まず会員登録QRコードを紙に印刷して全国の店舗で配布しました。シニアをデジタル会員に誘導することに対して、社内では懐疑的な意見もありましたが、データを見る限り、シニア世代のスマホ保有率やLINEの利用率は確実に上がるだろうと予想できました。そこで、ファクトデータを提示し社内を説得。社長の後押しもあり、実行に踏み切ることができました。
すると、まずLINEの会員数が増えていき、2024年11月にはメルマガとLINE、アプリを含め会員数は100万人を突破。会員数の伸びがECの売上を底上げするという持論の通り、売上は2015年の改革から連続2桁増で成長しました。

――ECと店舗、それぞれどのような役割として捉えていたのでしょうか。

長尾:店舗で会員数を増やし、同時にECへの集客を促進することを狙っていました。LINEは会員登録の主要プラットフォームと捉え、洋服の特集やフェア等の情報コンテンツを配信していましたが、2020年からはアプリへの切り替えを推進しています。
アプリにスタンプカードを実装したことで、店舗スタッフは来店への期待からアプリへの誘導に意欲的になりました。ダウンロード数に応じたインセンティブ制度を設け、表彰制度にも反映させたことも効果的だったと考えています。導入からわずか4年、ダウンロード数はもうすぐ70万ダウンロードに達します。

行動の変化を捉え、会社の"資産"を活かすために

――メルマガからLINE、アプリとチャネルもしっかりと変遷してきたのですね。時代に応じて変えるべき部分とそうでない部分をどう捉えていますか。

長尾:マーケティングとは基本的に、顧客の行動変容に合わせることと捉えています。世の中の動きやお客様の行動の変化を観察・分析した上で、自社の事業にどう落とし込んでいくかが大切です。
戦略立案のプロセスとしては、会社の資産を把握したうえで、強みと弱みを徹底的に要素分解しました。例えば、弊社は全国に約850もの店舗を顧客タッチポイントとして構えていることや自主管理型の販売形態は強みとして活用することができると考えています。
そのような既存のリソースと、マーケティング理論を掛け合わせ、自社に最適化した施策を打つのが基本的な戦略です。個人的には、過去にMBAを学んだ経験も活きていると思います。

D2Cブランド「CITERA」立ち上げの経緯

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「海外で得たアイデア×会社の強み」で斬新なコンセプトが誕生

――「CITERA」は2016年に新規事業としてEC特化でスタートされました。その背景をお聞かせください。

長尾:新規事業を構想していた時期、出張で訪れたNYでは、アイウェアブランド「WARBY PARKER」などのD2Cが流行り始めていました。実店舗で商品を確認後、オンラインで購入する。ショールーミングを前提としたビジネスモデルを目の当たりにし、新規事業もECだけで展開したいと考えたのです。
当時、アメリカのファッション業界では、アスレジャー(「アスレチック」と「レジャー」を組み合わせた造語)が流行の兆しを見せていました。アウトドアテイストのアウターにスウェット、背中にはデイパックといったファッションは日本でも流行るだろうと直感しました。スポーティーなアイテムならサイズ感が分かりやすく、後々グローバル展開の可能性も高まります。一過性に終わらず、ECとも相性が良いと感じました。
ブランドとしての差別化ポイントは、機能性素材です。スポーツ専門店ではないアパレルメーカーにとってはきわめて扱いが難しいのですが、弊社には経験値がありました。というのも、当時はアウトドアメーカー「AIGLE(エーグル) 」を展開しており、ゴアテックスなどを取り扱っていたのです。そこで、可処分所得が比較的高い30代~40代のアクティブな男性をコアターゲットに定め、機能性素材を使用したアーバンな商品をD2Cで展開しました。

Appleとの取り組みやメディア戦略でクールなイメージを一気に拡散

――D2Cに参入したアパレルの多くが苦戦を強いられる中、「CITERA」のローンチ 成功要因は何だとお考えでしょうか。

長尾:一言でいえば、「他になかった」ということでしょう。プロダクト的には機能性素材にファッション性を取り入れた点が支持されたのですが、これは「トレンドを取り込む」ことと、「自社の資産を活かす」ことを両立できた点が、ユニークな取り組みになったのだと考えています。またマーケティング的には、デジタルマーケティングに一気にアクセルを踏んだ戦略を行ったことです。通常は店舗展開に投資を行いますが、同等のコストをデジタルマーケティングへ投資を集中させた点も、他になかったかと思います。このような戦略がブランディングとして成功しました。サイトを公開したブランドローンチの翌日から、3日間限定でショールーミングショップを展開。約1,000名の方が来場、購入した商品を当日持ち帰るスタイルではなく、気に入った商品のQRコードをスマホで読み取ってECサイトで購入する仕組みを取り入れ、EC主体を貫きました。
さらに、Apple Japanからお誘いいただき、ローンチ直後に『FASHION'S NIGHT OUT(ファッションズナイトアウト)』のメインコンテンツになったのです。Apple 表参道で開催したトークイベントでは、約200枚のチケットが即完売しました。多数のメディア取材により情報が拡散し、Facebook広告との相乗効果もあってクールなブランドイメージが一気に広まりました。
販売に関しては、アイテム数を絞ったことも良かったと考えています。店舗で展開する場合、スペースを埋める意味合いもあり、どうしても商品の数は多くなりがちです。しかし、EC展開の場合はその心配がありません。粗利率が高いのもECならではですね。

――逆に「CITERA」で苦戦したことがあればお聞かせください。

長尾:ブランディングと"実"を取る戦略とのバランスには苦労しています。D2Cの場合、プッシュ型が多いと思いますが、「CITERA」はコンテンツ制作に注力していて、プル型に近い戦略をとっています。今後はリアル展開としてのPOP-UPや越境、またデジタルマーケティングをより強化してくフェーズかなとも思っています。
ブランドが育つには、10年はかかると感じています。「CITERA」はコアなお客様の支持を受けて、ようやく一人前のブランドになろうとしている段階です。

インタビュイー紹介

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ヤマトインターナショナル株式会社

執行役員
マーケティングコミュニケーション部部長
長尾享諭さん