異業種とのコラボで再発見した「書店の価値」
OMOで読書体験を広げる丸善ジュンク堂のユニファイドコマース戦略【前編】

デジタル化とリアル体験の両立が求められるなか、書店の存在意義が改めて問われています。株式会社丸善ジュンク堂書店は在庫の可視化や取り置き・取り寄せの仕組みづくり、さらには有名アーティストとのコラボ企画まで、業界を先行くようなさまざまな挑戦を続けてきました。前編では、同社執行役員を務める工藤淳也氏に、キャリアの歩みや読書・書店の価値の変遷、異業種とのコラボなどのマーケティング戦略について語っていただきました。

O2O先駆者として書店のデジタル化を牽引してきた

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「これは運命だな」事業不振や震災を乗り越えて盤石な体制づくりへ

――現職でどのような業務やミッションを担っていらっしゃるのか、お話しください。

工藤淳也氏(以下、工藤):現在、丸善ジュンク堂書店の執行役員を務めています。私の管轄は大きく二つで、ひとつはECを担うデジタル事業、もうひとつは新規事業を統括する企画事業開発部です。現場では、在庫の可視化や取り置き・取り寄せといった購買動線を整える一方で、店舗ならではの偶発性や体験価値をどう設計に織り込むかに注力しています。
ミッションは、オンラインとオフラインを分けずに同じ体験線上でつなぎ、どちらの価値も同時に最大化することと捉えています。

――大学在学中の2009年に株式会社HONを設立し、書店業界のデジタル化に挑戦されました。きっかけは何だったのでしょうか。

工藤:当時はAmazonなどの通販サイトが台頭し、「このままでは書店はなくなってしまうのでは」と言われはじめていました。そこで、書店という形態を残すために、ジュンク堂のネット事業を切り出すかたちで会社を立ち上げたのです。当時はジュンク堂だけで完結する構想ではなく、多くの書店に使っていただけるようなプラットフォームを目指していました。
初期は「アウルHON急便」という名前で始めたのですが、利用数は伸びず、継続すら難しい状況でした。そこで発想を切り替え、ジュンク堂の強みを徹底的に生かす方向に舵を切りました。具体的には、在庫データの可視化と取り置き・取り寄せに切り込んだのです。
背景にあったのは、「書店に行ってみないと、本が手に入るかどうか分からない」状況を減らしたい、という発想です。書店には探す楽しさがある一方、欲しい本が在庫切れして買えない場合もあります。
そこで、店舗在庫をネットで可視化し、ワンクリックで取り置きできる導線を整えました。「来店前に入手できるかどうかが分かり、すぐ確保できる」という体験を用意したところ、大きくメディアに報じられたわけではないのにもかかわらず、利用数は順調に伸びていきました。
サービス開始2年後に東日本大震災があり、計画停電の中でサーバーがいつ止まるか分からない状況が続きました。約2カ月間、休みなく監視を続ける状況の中、私は「これは運命だな」と腹をくくり、そのまま関わり続けてきたというところです。
震災の約2カ月後には、当時社長を務めていた父から「EC事業を本格化させ出版業界を変革するため、物流センターを立ち上げる」という話がありました。しかも設立目標は「来月」。とにかくやるしかないと思い、取次業者と連携して物理スペースの目処を付け、私はシステム側を担当しました。以降、立ち上げと刷新を重ね、運用が回り始めた機能はチームへ引き継ぎつつ、次の課題へ進めていく、というサイクルで整備してきました。

データと文脈の二軸で、本との出会いをアップデートする

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本が担う役割は「情報」から「思考の出発点」へ

――今の時代における「読書」の価値をどのようにお考えでしょうか。

工藤:今の読書は、情報を集める行為というより、思考や想像の出発点としての機能をもっていると思っています。AIの登場で要約や検索はどんどん速く正確になっていますが、自分の中に問いが生まれ、考えが深まっていくのは読書ならではの価値です。情報を受け取って終わりではなく、思考を動かすところまで連れていってくれるのが、本の良さではないでしょうか。
iPhone登場が節目となり、情報の流れは明らかに変わりました。ECは伸び、モバイル前提の環境で必要な情報にすぐ届くようになった。その変化に合わせて、本の位置づけや価値も変わってきたのだと感じています。

リアル店舗の偶発性とフラットさが新たな道を拓く

――ECも普及した今の時代における「書店の存在意義」はどのように考えていますか。

工藤:ECの役割は利便性と確実性です。在庫が可視化され、検索できる。取り置きや取り寄せが確実にでき、受け取り方法も選べます。
一方、リアル店舗の役割は空間と偶発性です。手書きPOPや本の並べ方から伝わる情報があり、棚を歩いていて思わず本を手に取る偶然の出会いがあります。いろいろな本が横に並ぶからこそ、お客さまが探しているキーワードの「外側」にも自然と触れられるでしょう。ECと店舗はお互いを補い合う関係と捉えています。
もう一つ付け加えると、書店の強みは、「作り手ではない」ことにもあります。私たちは出版社から得た情報を、店舗ならではの視点でフラットに見せることができる。お客さまに対してどのように選択肢を提示していくのかが、これからは重要になっていくと思っています。

――ECとリアル書店の割合や、電子書籍の普及といった状況に対してはどのように感じられていますか。

工藤:直近は上げ止まりの気配があるものの、EC比率は全体の20%を超えるまで伸びてきています。ただ、電子書籍の主力はコミックで約9割前後を占めています。音声で本を聴く「オーディオブック」などで効率よく情報を得たい方もいます。一方、紙書籍は能動性が高く、「じっくりとページをめくり、自分の時間を取り戻したい」というニーズに答える存在です。
個人によってフィットする媒体が違うのではなく、求める読み方はタイミングやコンテンツの種類によって変化します。その時々で、お客さまがどう読みたいと思っているのかを探っていく必要性を感じますね。

異業種とのコラボが、書籍やグッズの売れ行きをブーストさせる

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SUPER BEAVERや最果タヒとのコラボ――アーティストの世界観を新しいかたちで届ける

――「読書の価値」を届けるために、貴社ではさまざまなマーケティング施策を展開されています。その一例をご紹介いただけますか。

工藤:具体例の一つとしては、IPとのコラボに取り組んでいます。ファンの熱量に、書店として企画で応え、まず店に足を運んでいただくきっかけをつくることに重点を置いてきました。
直近では、2025年4月に虎ノ門ヒルズにオープンした『magmabooks(マグマブックス)』に実験的なギャラリースペースを設けました。「本の新しいかたち」を探る場として位置づけていて、第一弾企画としてロックバンドSUPER BEAVERさんとのコラボ展示を実施しました。テーマは「あなたと生きる『ことば』たち」。20年にわたって紡がれてきた歌詞に着目し、彼らの言葉を中心に据えた展示構成となっています。
準備過程でヒアリングを重ねるうち、企画展だけでは収まりきらないものがたくさん出てきました。そこで記念書籍という形で制作・販売したところ、非常に好評で「重版」するまでになったのです。
印象的だったのは、普段から書店を頻繁に利用されている方以外にも、多くのお客さまが購入してくださったことです。ファンの皆さんが、歌詞を「本」という形で手に取ってくださいました。書籍の価格は5,940円、一般的な書籍の3倍近くの価格です。迷いながらの設定でしたが、「安い」という声もいただきました。
その様子を見て、私たちが思い描いてきた本の価値と、実際にお客さまが受け取った価値は、必ずしも同じではないのだと実感しました。これを「価値が違うんだね」で終わらせてしまうのではなく、変わりつつある書店としてのニーズに、自分たちのアウトプットをどうフィットさせるかを考え続ける必要があります。
結果としてこのコラボ展示は、入荷した書籍やグッズを売るだけにとどまらない、書店の可能性を見出す機会になりましたね。

――ユニークで多様なコンテンツは、どのように企画しているのでしょうか。

工藤:2〜3年前に「このままだと出版・書店は厳しい」という危機感のもと、次の収益軸を作るプロジェクトを立ち上げ、私が座長を務めました。そこで見つけたカギが、現場に眠っていた「書店員の偏愛」です。ヒントとなったのは、若い書店員の「本当に推したい一冊があるのに、日々が忙しくて届けきれない」という言葉です。だったら偏愛そのものを事業化しようというところから企画が動き出しました。
最初に挙がったのが詩人・最果タヒさんのお名前でした。そこで関連企画を立て、「詩のブックエンド」などのグッズを制作したところ、驚くほどのスピードで売れたのです。 この企画から、言葉とデザインの相性も非常にいいと実感しました。SUPER BEAVERさんの展示もそうでしたが、書店がアーティストの方々が紡いできた言葉の新たな共有の場になったところが面白い現象だったと思います。

インタビュイー紹介

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株式会社丸善ジュンク堂書店

執行役員 企画事業開発部 部長
工藤 淳也 さん