ネットと店頭が一本の線でつながる
OMOで読書体験を広げる丸善ジュンク堂のユニファイドコマース戦略【後編】

"人と人との出会いを大切に"をテーマに歩み続ける、丸善ジュンク堂書店。ECとリアル店舗の両輪で進化を続けながら、いかにして読書の価値を届け、知的体験の場としての存在を再構築しているのでしょうか。前編では、書店のあり方の変遷やマーケティング戦略について同社執行役員の工藤淳也氏に語っていただきました。後編では、2024年7月にリニューアルした「丸善ジュンク堂書店ネットストア」が仕掛けるユニファイドコマース戦略や今後の展望について詳しくお話を伺います。

顧客データを自社基盤に再構築し、最適な1冊を提案する

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IDベースの顧客理解は、ポイントカードが核に

――2024年7月に「丸善ジュンク堂書店ネットストア」がリニューアルしました。どのような狙いがあったのでしょうか。

工藤淳也氏(以下、工藤):一番の狙いは、自社でデータを取得・活用できる体制に切り替えることでした。2024年3月末までは大日本印刷さんのサイトである「honto」上で紙書籍の販売を運用していましたが、同サイトの紙書籍機能の終了に合わせ、機能は引き継ぎつつ1からシステムを作り直し、7月に自社の「丸善ジュンク堂書店ネットストア」として立ち上げました。

――オンラインとオフラインの顧客データは、どのように統合・活用しているのでしょうか。

工藤:店頭・ECともに基盤はポイントカードで、お客さまごとの購入履歴などの情報を蓄積してきました。ただし従来は当社のデータとして保持できない部分があったため、新ストアではご利用時にhonto IDとの再連携にご同意いただければ、過去の購入履歴や利用データを当社側に連携できる仕組みにしています。現在、連携件数は着実に増加しており、オンラインとオフラインを横断したデータを自社基盤に再構築しているところです。

「街の中心に知の拠点を」書店の存在意義を再定義する取り組み

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新しい読書体験を提供する未来型の書店「magmabooks」

――顧客に「最適な1冊」を届けるために、どのような取り組みをされていますか。

工藤:書店員の知見を生かしたフェアや棚づくりと、購買データの統合を併走させることを重要視しています。単なるランキングやベストセラー本をさらに売る見せ方に寄りすぎず、テーマや文脈を軸にした提示へシフトしてきました。
施策のひとつが、magmabooks店内で展開している「問い散歩」です。店内に「なぜ植物を見ると癒されるのか?」などの問いだけが書かれたしおりが置いてあり、その裏側に書店員が選んだ本が並んでいます。
お客さまは「問い」から入って幅広い本と出会う体験ができるのです。これは書店員の知識や選書の根拠をデータベース化していく取り組みとして始めました。従来のジャンルごとの棚づくりではなく、設定したテーマに合わせて、書籍のラインナップから並べる順番まで時間をかけて編集しています。
この流れの根っこには、magmabooksオープン時に掲げたコンセプト「知は熱いうちに打て」があります。虎ノ門という新たな都市空間の中心にある「知の拠点」「未来の本屋」といったキーワードを起点に、2年超を構想に費やしました。読書前・読書中・読書後までを見据え、読書体験を機能として埋め込む空間を目指しています。

ネットで確保し、店で選ぶ。OMOが作る次の「当たり前」

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オンラインで取り置きし、店内を歩いて新たな1冊と出会う

――デジタルマーケティングの概念は、O2OからOMOへと進化しています。実際に小売の現場で事業をされる中で、どのような変化を感じていますか。

工藤:O2Oの「送客」発想から、OMOの「生活動線に溶け込む体験」へと重心が移りつつあります。「丸善ジュンク堂書店ネットストア」立ち上げの際は、時間制約もあり機能を絞ってスタートしました。
新サービスを使っていただけるだろうかという不安もありました。しかしローンチを迎えると、直後から利用が一気に回復。SNSでは「やっとこのサービスが戻ってきた」という声が多く聞かれたのです。インターネットが当たり前の存在になっている環境で、オンラインでの書籍の取り置きが日常の導線に自然に組み込まれていることを改めて実感しました。
来店時の顧客行動からも、OMOが当たり前になっていることを感じます。ネットで目的の一冊を取り置きしてから来店されるお客さまは、レジに行く前にゆっくり店内を一回りされることがあります。実際、取り置き金額に対するレジでの実購入は約2倍という傾向が出ています。オンラインの確実性が来店動機になり、オフラインの偶発性を後押ししているわけです。
さらに書店は、立ち寄りやすい立地にあることが多く、持ち帰りの負担が小さいのも特徴です。アパレルや電化製品などと違って、1~3冊程度なら物理的負担が少なく、価格帯も1冊1,500~2,000円前後が中心なので意思決定のハードルが高すぎないのです。
その結果、「目的の一冊+α」のついで買いが起こりやすいのだと思います。欲しい本をオンラインで確保し、店でさらに別の本と出会うという一連の体験が、OMOの輪郭として定着してきたと感じています。
本との出会い方をどう設計するかは私たちが一番お手伝いできる領域です。日々、形にする方法を模索していて、方針は店舗ごとに違います。たとえばジュンク堂は「図書館よりも図書館らしい」と言えるような、整然とした配置を目指していますし、丸善は路面店などの立地に合わせて展示や売り方を柔軟に変えています。それぞれの店に個性があるのも、当社ならではの面白さだと考えています。

書店は、本を買う場所から「知が生み出されるハブ」へ

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厳しい状況だからこそ、新たな体験の場をつくりたい

――貴社が考える読書の価値や書店の存在意義をより高めていくための、今後の展望をお聞かせください。

工藤:方向性はシンプルで、「読みたい」と思ってもらえる瞬間を増やすことです。書店だからできる取り組みで、読書体験そのものを楽しいものにしていく。オンラインとオフラインは分けず、同じ体験として設計します。
人によっては、読書が負担に感じられてしまうことがあると思います。宿題の読書感想文のように、「読まされる」というイメージがあると、本から距離を取ってしまいがちです。けれど、読むきっかけやタイミングは人それぞれです。「読書って楽しいよね」という、とてもシンプルな感覚を取り戻す取り組みを増やしていきたいと思っています。
よく「子どもが本を読まなくなった」と言われますが、前提として読書率が大きく落ちているのは実は大人世代のほうで、若い世代にはまだ十分チャンスが残っています。とはいえ、このまま自然に任せれば読まれなくなっていく可能性は高いでしょう。だからこそ、書店に求められるのは、読みたいと思わせる瞬間や楽しい体験を設計することだと捉えています。
その一例が、グループで続けている「BOOK FUN LETTER(ブックファンレター)」です。子どもたちがその本の著者に宛てて手紙を書く企画で、店頭には投函ボックスも用意しています。実際に著者からお返事が届くこともあり、そうした体験は何物にも代えがたいと考えています。

――5年後、10年後の書店業界はどのような姿になっていると予想されますか。

工藤:このまま何も手を打たなければ、相当厳しい状況になると感じています。構造的にも、書店の利益率は低く、固定費がかかりますし、人口縮小も要因の一つです。すでに全国の自治体の約4分の1で書店が消えているという状況もあり、ニーズがあってもこの流れは簡単には止まらないでしょう。
だからこそ、新しい価値を自分たちでつくる以外に、生き残りの道はないと思っています。目指すのは、書店が単に本を買う場所から「体験の場」、ひいては「知が生まれ直すハブ」へと進化することです。
そこで大切なのは、なんと言っても「人」です。棚を編集し、言葉を届け、空間に温度を宿すのは最終的に人なのです。いかにして「働きたい」と思える場をつくっていくか、ということも課題として捉えています。人が関わることで、書店は価値を発揮する。その前提を強く意識しながら、次の10年をつくっていきたいと思います。

インタビュイー紹介

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株式会社丸善ジュンク堂書店

執行役員 企画事業開発部 部長
工藤 淳也 さん

前編「異業種とのコラボで再発見した『書店の価値』OMOで読書体験を広げる丸善ジュンク堂のユニファイドコマース戦略」はこちら