60年の研究開発を生かし新たな顧客体験を創り続ける
「ワコール」ブランドを支えるOMO戦略【後編】
- 2025.12.24
- 特集
リアルとデジタルを融合し、顧客体験の新たな形を創り出している株式会社ワコール。
3D計測サービス「SCANBE(スキャンビー)」やOMO型店舗「WACOAL is(ワコールイズ)」などを通じて、データと体験をかけ合わせた新しい価値提供を進めています。
後編では、ボディデータ活用やOMO店舗の狙い、そしてAI活用などの展望について、株式会社ワコールSCM本部 D2C統括部 オウンドEC営業部長 小池麻衣子氏と、スマイルエックス合同会社CEO/日本オムニチャネル協会フェロー・大西理氏が語り合いました。
前編「創業約80年の老舗下着メーカーが推進したデジタルシフトとは?「ワコール」ブランドを支えるOMO戦略」はこちら
3D計測サービス「SCANBE」が実現するパーソナライズ体験
ボディデータ活用で人気上昇「わたしに合うブラ診断」
大西:3D計測サービス「SCANBE」についても詳しく教えてください。
小池:店舗に設置された3Dボディスキャナーでセルフ計測できるサービスです。わずか3秒で全身20か所の採寸データや体型の特徴、インナーウェアのサイズを把握できるのが特長です。360度の3D映像で自分のからだを可視化でき、ワコール公式アプリ「WACOAL CARNET(ワコールカルネ)」に保存し、過去データと比較することもできます。
大西:2025年7月にリニューアルした「わたしに合うブラ診断」も話題ですね。
小池:「わたしに合うブラ診断」は、3D計測で判定した体型特徴をもとに、約10分でお客様の体型に合うブラジャーをレコメンドする、2023年10月にスタートしたサービスです。2025年7月に大幅なアップデートを行い、ワコールウェブストア上でも利用できるようになりました。すでにワコールウェブストア上で、20万人以上のお客様にご利用いただいています。(2025年9月時点)
今回アップデートしたことで、「SCANBE」で計測したデータがワコールウェブストアと連動し、商品の"からだとのフィット具合"を示す相性度が表示されるようになりました。まだ計測されていない方も、Web上の「セルフ診断」でからだの輪郭やバストのボリュームなどの簡単な質問に答えるだけで簡易的にボディタイプを診断でき、おすすめブラの特徴やからだとの相性度が見られるようになっています。
大西:骨格診断や肌診断のように「あなたに合う」という診断をしてもらえるのは心強いですよね。特に下着はサイズビジネスなので、データに基づく提案は信頼につながります。
小池:ECの場合、実物が見られず試着できない不安や、商品数が多く「どれが合うかわからない」といったお悩みも聞かれました。もちろん店頭や「取り置き・取り寄せサービス」もご利用いただけますが、ECで買いたいというニーズに応えられるようになったのは大きいと考えています。
大西:「SCANBE」で収集したデータの活用については、将来構想はあるのですか。
小池:サービスの強化や商品開発に活かしていきたいと考えています。ワコールならではの強みの一つが、データに基づいたからだのかたちや変化の研究です。
60年で4万5000人以上の体型を計測「ワコール人間科学研究開発センター」
小池:根幹にあるのが、1964年に設立された「ワコール人間科学研究開発センター」です。これまでに約4万5000人以上の体型データを収集し、成長や加齢による変化を追跡してきました。手計測から始まり、3Dスキャン技術の導入へと進化しています。ここでの研究成果が、「重力ケアブラ」や「ナイトアップブラ」など多くのヒット商品につながりました。
大西:60年にわたって積み重ねてきたデータが、ブランドの信頼性を支えているのですね。
小池:そう思います。同じ女性を30年以上にわたり追い続けた「時系列データ」とともに、運動習慣や生活スタイルも一部記録しています。
大西:大阪・関西万博で「未来の自分の顔が見られる」と話題になった「ミライのじぶん」のように、「未来の自分の体型がわかる」サービスもできそうですね。
小池:ワコールが進めている研究の延長線上には、そうした未来の体験があるかもしれませんね。
OMO型店舗「WACOAL is」が目指す新しい顧客体験
LTV2倍以上を実現 顧客との関係を深める「検証の場」
小池:「ワコールウェブストア」初のOMO型店舗「WACOAL is」は、リアルとデジタルを融合し、新しい顧客体験を提供する場として展開しています。2025年4月に1号店のららぽーと安城店、9月には2号店のニュウマン高輪店をオープンしました。
OMO推進の目的は、リアルとデジタルを融合させることで、新しい顧客体験を提供すること。そして、単に購買導線を統合することではなく、お客様との関係性を深めることです。データを見ると、店舗とECを併用しているお客様のLTVは2倍以上、さらにボディデータを計測しているお客様はその1.2倍になります。
ECで気になる商品をチェックし、店舗で試着・購入できる「取り置き・取り寄せサービス」も人気です。来店率は70%以上、購買率は80%を超えています。
大西:なるほど。店舗かECかのいずれかで買ってくれる人は「好き」、両方にまたがるクロスチャネル利用者は「大好き」、さらにボディデータを持っている人は「すごく好き」になる、ということですね。LTVの差がそのままファン度の深さになっていると。
「買う場所」から「自由に触れられる場所」へ
大西:それにしても、EC発でリアル店舗を出すのは珍しいですよね。トラディショナルな企業文化を持つワコールさんが、ここまで明確にOMOへ舵を切ったのは大きな決断だったのではないでしょうか。
小池:私たちがOMOに取り組む意味は、お客様の体験価値の向上にあると思っています。また、全社的にも「OMOはお客様との関係構築の要」と位置づける意識の変化がありました。これまでの店舗は「下着を買う場所」と捉えられがちでしたが、今後は自由に体験できる空間に変えていきたいですね。お買い物の有無に関わらず気軽にお立ち寄りいただける店舗を目指しています。
大西:お客様との接点の持ち方が変化しているのですね。
小池:はい。「WACOAL is」が大切にしているのは、お客様が自由に売場体験を選択できること。「測る、見る、触る、聞く、試す、感じる、みんな自由。知らなかった商品や自分と出会える」、そんな場所でありたいと考えています。
大西:現代はSNSなどでブランドの情報に自然に触れる機会が増え、購買のきっかけがコントロールしづらくなっています。だからこそ、リアル店舗でもECでも、どのタイミングでも購入できるチャンスを用意しておきたいところですね。
購買を後押しするコンテンツ連動施策
小池:店舗ではワコールウェブストアのコンテンツを再現し、デジタルと連動した体験を提供しています。商品のランキングをサイネージで表示。気になる商品はその場で確認できます。また、商品POPに二次元コードを設置し、商品情報をスマホで閲覧できる仕組みも導入しました。
大西:選択肢が多い中、ランキングは選びやすさを高める工夫ですね。購入の後押しになります。
小池:「WACOAL is」は「SCANBE」による体験人数が全国トップクラスを記録しています。その背景には、店内の最前面に「SCANBE」をレイアウトし、来店直後から"自分のからだを知る体験"に触れられる導線を設計していることが大きく寄与していると考えています。従来の売場では奥に配置されることの多かった「SCANBE」を店舗前面に置くことで、興味を持ったお客様が自然に足を止め、体験に参加するきっかけが生まれています。
さらに、「わたしを知る骨格診断」や「からだバランス診断」など有料サービスの利用率も高く、"体験価値"による売上創出にもつながりつつあります。こうした取り組みによって単なる下着売場ではなく、「からだを知り、商品と出会うための新しい顧客体験の場」としての役割をいっそう強めていきたいと考えています。
会員670万人・アプリ485万DLの信頼基盤
小池:現在、会員サービス「WACOAL MEMBERS」には約670万人のお客様が登録されています。公式アプリ「ワコールカルネ」も約485万ダウンロード(2025年3月時点)に達しました。2020年以降、特に店舗・ECを横断的に利用されるお客様が増えています。
大西:日本の女性人口から見ても驚異的な数字ですね。それだけ信頼関係を築けている証拠だと思います。
小池:ありがとうございます。リアルとデジタルを往復できる体験を重ねていただくことで、お客様との関係がより深まっていると感じます。
「Empowering. WACOAL」で、顧客体験を創造し続ける
「SCANBE」を核に体験や協業の可能性が広がる
大西:今後の戦略や展望についてお聞かせください。
小池:現在、「SCANBE」は首都圏や大都市圏の百貨店・直営店を中心に、全国に約30台設置しており、今後も接点の拡大を検討中です。ワコールウェブストアや「WACOAL is」では、SCANBEをご利用いただけるお客様を増やすための取り組みや、ボディデータを活用したサービス・商品提案を強化していきたいと考えています。
「SCANBE」を通して「自分のからだを知る」楽しさを感じていただき、自分を大切にするきっかけにしていただくことができればと考えています。
AIとボディデータの融合が未来をつくる
小池:ボディデータの活用はワコールの肝です。今後、ECにおいても、ボディデータやAIを活用して、いかにパーソナライズなサービスや商品をご提案し、お客様に価値を感じていただけるようにできるか、が重要だと考えています。
大西:ボディデータとAIを掛け合わせることで、ワコールさんならではの新しい価値が生まれるはずです。歴史のある企業が革新を起こすことで、業界全体を牽引する存在になるでしょう。
小池:お客様一人ひとりの"自分らしさ"に寄り添い続ける存在をめざして、「Empowering. WACOAL」をスローガンに掲げています。下着に限らず、コンディショニングウェアやライフスタイルまで提案を広げ、これからもこころとからだを支えるブランドであり続けたいと思っています。
大西:商材によっては、一定期間を経過すると卒業されてしまうものもある中、ワコールさんは、子どもからシニアまでが対象で、人生の最初から最後まで寄り添えるブランドです。しかも起きているときも寝ているときも1日中、生活をサポートできます。これからもEmpoweringを体現し、お客様を支えていってほしいですね。
インタビュイー紹介
株式会社ワコール
SCM本部 D2C統括部 オウンドEC営業部長
小池 麻衣子さん
スマイルエックス合同会社CEO
日本オムニチャネル協会フェロー
大西理さん