商品スペックではなく、購入の先にある『体験』を提案するゴールドウインが描くEC戦略とオムニチャネルの実践【前編】

「THE NORTH FACE」など数々の人気ブランドを展開するゴールドウイン。同社はいま、直営チャネルにおいて、丁寧な接客をデジタルと融合させる、独自のOMO戦略を推進しています。

今回は、株式会社ゴールドウイン リテール本部エキスパートの都地大基氏と、スマイルエックス合同会社CEO/日本オムニチャネル協会フェローの大西理氏が対談。前編では、都地氏のキャリアの原点に迫りながら、自社EC戦略や高い成果を上げるアプリ活用について、深く語り合いました。

現場で全工程を経験したからこそ、見えてくるもの

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新卒から23年、ゴールドウイン一筋で幅広い業務を経験

大西 理氏(以下、大西):都地さんとの出会いは3年前。スポーツブランドの担当者を集めた交流会でしたね。その後もデジタルマーケティングやEC関連のイベントで定期的にお会いしています。

都地 大基氏(以下、都地):私はずっとECやデジタル畑にいた人間ではないので、大西さんのような方との情報交換やつながりはとても貴重です。

大西:ブランドが異なればターゲットや経営環境も違って、真似しようがないからこそ、同じ職種としての課題感をざっくばらんに共有し合えるという良さはありますね。
都地さんは、新卒入社からずっとゴールドウイン一筋なのですか。

都地:はい、社歴は23年ほどになります。社内では営業や企画、調達など様々な部門を経験し、「社内転職」を繰り返してきた感覚です。EC担当になったのは2018年のことでした。

大西:EC部門への配属は、希望されたのですか。

都地:当時は水着ブランド「Speedo」の事業担当をしており、その流れでの異動でした。もともとSpeedo事業へは、2007年に他社からの事業譲受に伴う新規立ち上げ時に社内公募制度で手を挙げて参画した形です。2015年には再度社内公募を活用して、1年間の米国留学も経験させてもらいました。

糸の選定から出荷まで。サプライチェーンの知識が現場の調整力を生んだ

大西:幅広いご経験は、ECの責任者としてどのように活きているのでしょうか。

都地:ひとつの商品にどんな想いが乗っているのか、どんな生地、どんな工程でつくられているか。全体を把握できているのは大きいと思います。

商品づくりは、糸の選定から始まり、生地にして加工し、吊り札を付け、物流に乗せるなど、たくさんの工程を経て行われます。倉庫での在庫管理やデジタル上の出荷管理も含め、私はキャリアの中でほぼ全工程に関与してきました。そのため業務上で「どこにどんなトラブルの種が潜んでいるか」が感覚でわかり、問題が発生した時にも迅速な対応ができるようになりました。

職人の方々と積み上げてきた関係性も今に生きていて、現場から「難しいのではないか」と言われたとしても、具体的な提案や判断ができるのです。

大西:プロセスに対する高い解像度や現場との関係性は、どれだけAIが進化しても代替できない領域です。その勘所が分かっているからこそ、最終的な商品としてのアウトプットをイメージした対応ができるわけですね。

自社ECで仕掛ける独自化戦略

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「最重要チャネル」としての公式オンラインストア

大西:EC部門の体制はどうなっているのでしょうか。ECにおける都地さんの役割についてもお聞かせください。

都地:公式オンラインストア「Goldwin Online Store」の部門には約40名が在籍しています。ブランドごとのMDを担うEC責任者、コンテンツやページ制作を行う企画制作のほか、BtoBのユニフォームビジネス担当もオンラインストアの部署に所属する形になっています。

私自身はリテール本部のEC・OMO推進担当として、各部門と連携しながらプロジェクトを進行する役割を担っています。

大西:ゴールドウインのチャネル戦略において、自社ECはどのような位置づけにあるのですか。

都地:「Goldwin Online Store」は、オンライン流通における「最重要チャネル」と位置づけています。弊社の流通別売上はリテールとホールセールが約半々です。だからこそ、自社ECでは商品・情報・サービスの独自化・差別化を重要視しています。リテール本部の中で、オンラインとオフラインが連携できている点も強みです。

大西:他の販売チャネルとは、どのように差別化を図っているのですか。

都地:具体的には、限定商品やコラボ商品の販売、スタイリング画像や独自の特集コンテンツ、ギフトラッピングなどです。「公式サイトならば確実に本物が購入できる」という安心感はお客さまにとって大きいようです。その信頼に応えられるよう、情報の精度や付加価値を意識しています。

「このウェアで富士山に行けるのか?」顧客の行動に寄り添う"行為起点"コンテンツ

大西:ゴールドウインといえば「THE NORTH FACE」が有名ですが、その他にもさまざまなアウトドア/アスレチックブランドを展開されています。世界観の見せ方やコンテンツで工夫されている点はありますか。

都地:展開している全12ブランドの個性を表現しつつ、ブランド同士のシナジーを生むことをめざしています。中でも意識しているのは、スペックを「お客さまが求める情報へ変換すること」です。

レインウェアを例にとると、商品企画者としては耐水圧などの数字を解説したくなるものです。しかし、お客さまが購入を検討するタイミングで本当に知りたいのは、「晴れているときでも着られるか」「富士山のような登山でも着用可能か」といったことのはずです。だからコンテンツ制作では、「レインウェア特集」のような名詞軸だけでなく、「天気が変わっても快適に過ごす」「風を通さない、暖かさを守る」といった動詞をキーワードに入れた行動・体験起点のコミュニケーションを心がけています。

大西:店頭での接客では、お客さまの生活を想像しながら提案することが肝であり、強みでもあります。それをWeb上でも再現しようとされているのですね。

都地:スタッフコーディネートに「着用用途」や「着用場所」のおすすめを記載しているのも、実際の着用場面をイメージしていただく工夫のひとつです。

加えて、Goldwin Online Storeとしての統一感も大事にしています。複数ブランドが並ぶモール型自社ECなので、新着順で表示すると、テントも女性用水着のグッズも一覧で表示されてしまうのです。ブランドの個性を最大限に配慮しながらも、全体として雑然とした印象を与えないよう、撮影のレギュレーションはできるかぎり統一して、画面上での世界観を保つようにしています。

オンライン上の接客の精神として、「Goldwin Online Store」が持つべきパーソナリティを「幅広いスポーツの楽しみ方を知っている、親しみやすく頼れるガイド」と定義しています。一般的なアパレルとは異なり、弊社の商品はある環境下で使ってこそ価値を体感できる"ツール"や"ギア"に近い。コンシェルジュのようなおもてなしよりも、「使用シーンをイメージできる関わり」が大切です。

「THE NORTH FACE」はアスリート向けから日常に溶け込む定番品へ

大西:「ギア(道具)」として実用的なものをつくることに注力していらっしゃるのですね。

都地:はい、商品企画へのこだわりはものすごく強いですし、良いものをつくっている自負もあります。数年がかりで素材や企画の開発をしているのです。例えば、富山にある研究開発施設「Goldwin Tech Lab」では、アスリートの協力も得て、機能の検証・改善に取り組んでいます。また企画担当者は、実際の用途で着用し、必ず機能性を検証しています。

その一方、「THE NORTH FACE」がここまでお客さまに受け入れられた要因には、タウンウェアとして着られる汎用性も大きいと考えています。以前は登山用のジャケットといえば赤や黄色、青といった目立つ色しかありませんでした。でも、それでは街なかで着るには派手すぎて、気が引ける人も多いですよね。そこで、同じ機能を持った黒色の商品をつくることで、普段の生活でも長く愛される定番品になったわけです。

大西:機能的なウェアを、タウンウェアとしても着やすいように提案していったのですね。

都地:はい。カジュアルにするために機能を落として価格を下げるのではなく、良いものをきちんとつくれば、お客さまは使い方をご自身で見つけていってくださると考えています。

大西:お客さまの声を取り入れる仕組みはありますか。

都地:私たちの場合、直営店がお客さまとの対話の場として大きく活きています。加えて、社員自身が愛用できるかどうかも大事なポイントです。社員の評価が高いアイテムは、たいてい人気商品になりますね。オンラインストアでは、社員が購入アイテムにレビュー投稿できる機能も実装しました。

世界観への没入を優先するアプリ戦略

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あえて「統合」を選ばない。店舗集客から始まったアプリの生い立ち

大西:自社ECサイトでは全ブランドをモール型に集約している一方で、スマホアプリはブランドごとに個別展開されていますよね。どういった意図があるのでしょうか。

都地:アプリは元々、ファンとのエンゲージメントを高め店舗への来店を促す目的でスタートした経緯があります。「ブランドの世界観にノイズなしで深く没入できること」を実現するために、あえてブランド単位で設計しました。

大西:なるほど。アプリの運用ではどのようなことに注力されていますか。

都地:ここ1〜2年でマーケティング・直営店・ECの関係者による共同運営体制を構築し、UI/UX改善や運用プロセスの見直しを進めてきました。

以前は、プッシュ通知が増えるとアンインストールが増える懸念から、配信数を制御していました。しかし、「本当のファンはむしろ最新情報を期待しているのでは?」という発想から、一時期からは、適切なセグメントを切りながら配信数を増やしています。

その結果、想定よりも離脱は増えず、むしろアプリ経由の売上はEC売上全体の約45%まで伸びました。付加価値の高い情報を提供することによって、購買単価は明確に高くなるのだと感じています。実際に、アプリユーザーは非アプリユーザーの約1.2倍のLTVという結果が出ています。

大西:一般的な小売やアパレルブランドのアプリでは、クーポンやキャンペーンでダウンロードを促すケースが多いと思います。しかしゴールドウインの場合は、お客さまの熱量とコミュニケーションの考え方が根本から違いますね。アプリならばブランドの最新情報にすぐ触れられる。その価値をうまく活用されている事例だと思います。

インタビュイー紹介

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株式会社ゴールドウイン

リテール本部 エキスパート
都地 大基さん

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スマイルエックス合同会社CEO

日本オムニチャネル協会フェロー
大西 理さん