アパレル業界のAI先進企業は、いかにしてAIを社内に浸透させたか?
ワールドが挑む「AIX」の現在地【前編】

アパレル業界で積み重ねてきた知見と最先端のAI技術を融合させ、グループ全体のAIトランスフォーメーション(AIX)を推進する株式会社ワールド。「創造全力、価値共有。つねに、その上をめざして。」をコーポレートステートメントに掲げ、グループとして新たな挑戦を続けています。

今回は、同社の企業戦略室AI・イニシアティブ長として陣頭指揮を執る上條千恵氏と、スマイルエックス合同会社CEO/日本オムニチャネル協会フェローの大西理氏による対談を実施。前編では、上條氏のキャリアと「ドメインスペシャリスト」としての視点、組織にAIを浸透させる「体験のデザイン」について語っていただきました。

後編「AIエージェントが変える「顧客体験」と「創造性」ワールドが挑む「AIX」の現在地」はこちら

アパレルの現場からAIの最前線へ。ドメインスペシャリストとしての歩み

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現場、プロダクト、経営戦略を一本の線でつなぐ

――自己紹介をお願いします。

上條 千恵氏(以下、上條):学生時代の販売員経験から始まり、一貫してアパレル業界にいて、商品企画やMDを経験してきました。前職では約7年間、Eコマースの事業責任者としてグローバルビジネスに携わり、システムの開発と事業構築を同時並行で進める経験を積みました。
2019年にワールドグループにジョインし、現在は「ワールド」「OpenFashion」「Authentic AI」の3社にまたがる肩書きを持っていますが、基本的にはグループ全体がAI技術を活かしてどう成長し、実践していくかを考えるミッションを担っています。

大西 理氏(以下、大西):事業を推進する側と、サービスを提供する側。その両方の立場で同時に見ているのは、非常に面白いし、今の時代に求められる役割ですね。

上條:アパレル業界に22年いて、自分では「ドメインスペシャリスト」を名乗っているんです。聞き慣れない言葉だと思いますが、実はこれには背景があります。ワールドグループの企業としてファッションDXを手掛けるOpenFashionを立ち上げた際、エンジニア中心の組織の中で、いかにアパレル現場という「ドメイン(領域)」に沿ったプロダクトをつくるかが大きな課題でした。DXにおいてはデジタルの知見だけでなく、現場の知見を取りまとめて形にする役割が必要だと感じ、自称し始めたのです。

組織をつなぎ、ビジネスを実装する「ボランチ」の役割

大西:2025年からワールドが企業戦略室 AI・イニシアティブ という形で、AIの専門組織を立ち上げる決断をされたのは大きな一歩ですね。外部依存という形ではなく、自分たちで新しいものを創造していく姿勢を感じます。

上條:社としてのあるべき組織の姿を見通して積極的に投資し、チャレンジできる環境をつくってくれました。

大西:デジタルの専門家がいないアパレル企業の中で、デジタルプロダクトのPdM的な役割を組織的に成立させるのは、現実的には難しさもあると思うのですが、上條さんはうまくバランスを取って実現しようとしていますよね。

上條:自分の役割をサッカーに例えるなら、私は「ボランチ」だと思っています。チーム全体をビルドアップし、組織基盤という守りを整えながら、良い配球をして現場の第一線で働くストライカーを活かす。今は特に、組織的な動きを通じてデジタルやAIとアパレルという専門性を磨いていく時期だと捉えています。

組織にAIをどう浸透させるか。「AIX」推進の極意

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AIの浸透には、ワークショップや小規模勉強会を通じて現場まで広げていく

大西:ワールドは業界内ではAI活用の先頭を走っているイメージがありますが、社内への浸透プロセスはどのようにしているのですか?

上條:生成AIは2022年末から話題になりましたが、私たちはそれよりも前からAI技術に着目してきました。例えば、機械学習を活用して画像解析による採寸システムをつくるといった取り組みを始めていたのです。
どんな企業にもあることかもしれませんが、最初は社内でも「AIに投資して本当に事業成長できるのか?」と半信半疑で見られていた部分もあります。そこで気を付けたこととしては、AIの導入にあたってはいきなり大規模なシステムをつくるのではなく、まずは最小限の規模で試し、検証と改善をスピーディーに繰り返しながら着実に形にしていくという、スタートアップのような機動力のあるプロセスにすることです。

大西:具体的にはどのように規模を拡大していったのですか?

上條:最初は100名程度のワークショップから始め、地道にAIのユースケースを積み重ねていきました。いきなりグループ全体に広げようとはせず、事業会社ごとに勉強会を繰り返すなど、じわじわと範囲を拡大させてきたのです。
現在はグループ内で2000人以上が自社開発の生成AIツール『Maison AI』を活用していますが、今も全体に向けた周知や小規模の勉強会を絶えず繰り返しています。

AIの衝撃を実感することが、抵抗感の払拭につながる

大西:アパレル企業では「感性や経験を活かす」場面が残っていると思いますが、AIに対する抵抗感は社内にありませんでしたか?

上條:当社はアパレルのプロフェッショナルですから、現場スタッフが感性や経験を重視するのは当然のことです。そのため例えば「AIの提案に納得がいかない」という声は一定の割合であがります。また、「AIへの心理的距離が遠い」ことも拒否感が生まれやすくなる原因だと思います。
そこで私が意識したのは、社内導入であってもBtoCのサービスと同じように捉えることです。つまり、強制するのではなく、ユーザーが「楽しんで使えるか」「自分にとって意味があるか」を重視するのです。そのために、まずは「体験」から入ってもらう設計にしています。
例えばAI研修では、「5分間で(自分の頭で考えて)商品説明文を書いてみましょう」というワークを行います。そしてその直後にAIを使うと、わずか10秒ほどで回答が出てくることに衝撃を受けるのです。私自身、かつてECの現場で商品説明文を書いていたので書く早さには自信がありましたが、AIを使ったときに「敵わない」と実感した瞬間がありました。もちろんその質には幅がありますが、人間では太刀打ちできないほどの圧倒的なスピードを目の当たりにすることで初めて「AIを使ってみてもいいかもしれない」と感じるものです。

大西:実体験こそが、心理的な抵抗感を払拭する最短ルートですね。

上條:その通りです。また、需要予測などに関しては、ベテラン社員の「長年の勘」ではじき出した数値と、AIの予測数値を数学的に検証することも欠かせません。属人的なスキルに頼るのではなく、AIを使って組織全体が一定のクオリティを再現できる「チームとしての再現性」を追求しようとする姿勢を持つからこそ、社員も共感してくれるのだと思います。

グローバルの潮流を日本流に翻訳する「半歩先」の戦略

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大西:ニューヨークで開催された「NRF 2026 Retail's Big Show」(2026年1月11~13日)においても、話題の中心はAIだったようです。もはやAIは「あれば便利なもの」のフェーズを終え、「ビジネスのデフォルト」になろうとしていると感じます。上條さんは、日本の現状をどう見ていますか?

上條:私は前職でグローバル企業のスピード感を肌で感じてきました。ただし、それをそのまま日本企業や日本市場に持ち込んでも、必ずしも最適解になるとは限らないと感じています。重要なのは、グローバルプレイヤーの速度感を理解した上で、「いつ、どのような条件が整えば日本のお客さまに浸透するか」という視点を持っておくことです。

大西:日本市場には独特の時間軸がありますよね。アメリカやヨーロッパで話題になったことが日本に定着するまでには、通常3年から5年ほどのタイムラグがあるとも言われています。しかし、いざその波が来た時に慌てていては、定着までにはさらに遅れをとってしまいますよね。波が来る前に、水面下で着実に準備を整えておくことが、結果的に圧倒的なスピード感につながるのでしょう。そのためには、トップの決断と現場の説明力も不可欠です。「今の状況で自分たちはどう動くべきか」を的確に捉えられるバランス感覚が求められますよね。

上條:はい。あまりにビジョナリーすぎても現場の理解を得られませんし、かといって足元の課題解決だけでは、中長期的な成長が歪んでしまいます。そのバランスを保つことが、企業戦略室としての重要な役割です。
それに、日本企業の慎重さは、これまでビジネスを支えてくださったお客さまへの「誠実さ」の裏返しでもあると私は考えています。お客さまが求めるクオリティを維持するために時間をかけることは、決して否定されるべきではありません。大切なのは、既存ビジネスの良さを守りながら、そこにいかに新しい変化をミックスしていくかという視点です。

大西:面白いですね。日本企業独特の組織文化があるからこそ、正しいプロセスを踏めば、独自の強みに変えられる、と。二項対立で考えるのではなく、それぞれの良さをどうミックスしていくかが重要になりますね。

上條:例えばOpenFashionやAuthentic AIは、何ら制約のない中で「100個の試行から1個の成功を掴む」といったゲリラ戦のような挑戦を続けています。一方でワールド本体は、お客さまとの信頼関係をすごく大事にしている。この両者のバランスを取ることが、変革につながるのではないかと思っています。

大西:それこそがDXの要諦だと思いますね。欧米企業は一歩の幅が大きく、お客さまにも未知の領域に果敢に進むことを求めるような感覚があります。一方日本では、お客さまの現実を見据えながら「半歩先」を照らすようなアプローチが、企業のカルチャーとしても最もバランスが良いですね。それが日本流の「AIX」の形なのでしょう。

インタビュイー紹介

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株式会社ワールド

企業戦略室 AI・イニシアティブ
株式会社OpenFashion COO/株式会社Authentic AI
シニアマネージャー
上條 千恵さん

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スマイルエックス合同会社CEO

日本オムニチャネル協会フェロー
大西 理さん

後編「AIエージェントが変える「顧客体験」と「創造性」ワールドが挑む「AIX」の現在地」はこちら