積み重ねた『フェリシモらしさ』と『ご縁』が事業を動かす
フェリシモ流・事業づくりと顧客体験【前編】
- 2026.05.20
- 特集
日本を代表する通販企業として、独自の「定期便」モデルで多くのファンを魅了し続ける株式会社フェリシモ。同社はいま、通販の枠を超え、地域共創事業やフルフィルメントサービス事業など多角的な価値創造に挑んでいます。
今回は、フェリシモ新事業開発本部 副本部長の市橋邦弘氏と、スマイルエックス合同会社CEO/日本オムニチャネル協会フェローの大西理氏の対談が実現。前編では、インターネット黎明期における手探りの挑戦から事業づくりに関する独自の思想に至るまでのプロセスについて語り合います。
後編「"しあわせの総量を最大化する"を実現する物流×AI フェリシモ流・事業づくりと顧客体験」はこちら
理論より「実体験」がキャリアの原点。インターネット黎明期を支えた手探りの積み重ね
通販業界の変遷を見つめてきた戦友
大西 理氏(以下、大西):市橋さんとの出会いは2012年ですよね。イベントに参加するために、かなり早く沖縄のホテルに着いたら、ロビーに市橋さんが座っていらして。「同じイベントの参加者かな」と思って話しかけたのがきっかけでした。
市橋 邦弘氏(以下、市橋):もうそんなに前になりますか。
大西:そうなんです。当時は様々な業種業界でECが本格化していて、、スマホもiPhoneが出て4~5年経過し、普及率も上がっていた時代。その頃から、細く長くお付き合いが続いていますよね。
市橋:お互いに紹介し合って広がった人脈もありますし、貴重なご縁ですね。
独学で立ち上げた最初のホームページ
大西:市橋さんのキャリアは、まさに日本のECの歴史そのものです。1995年入社というと、ちょうど阪神・淡路大震災の直後ですよね。
市橋:4月に入社を控えた1月に震災が起き、テレビで神戸の惨状を見て「内定がなくなったかもしれない」と本気で思いました。幸い予定通り入社することができ、配属されたのは、誕生したばかりのインターネット部門でした。
ちょうどWindows95が発売され、アメリカではインターネットの流行が始まっていた頃です。フェリシモはニューヨーク支社があったため、それらの情報をいち早く察知しており、「日本でもやるぞ」という経営判断がありました。
大西:日本ではインターネットの商用利用が始まったばかりの時期に、いきなり担当になったわけですね。
市橋:まさに手探りでした。上司と私だけのチームで、洋書の解説書を片手に一行ずつHTMLを打ち込むような毎日。サーバーも海外からワークステーションを輸入して立ち上げました。
最初に担当したのは阪神淡路大震災の復興Tシャツのインターネット販売です。海外からも日本を心配する応援メッセージとともにご注文をいただきました。当時はWebの決済システムも整備されていなかったので、メール本文に直接クレジットカード番号が記載されてくるようなケースもありました。今では考えられないほどECのスピードは緩やかでしたが、それでも、新たなテクノロジーに対する熱や期待感を感じる時代でした。
受注メールをプリントアウトしてFAX。アナログとデジタルをつないだ地道な現場
大西:注文が入り始めてからの受注処理や運用フローはどうなっていたのですか。
市橋:1995年当時のECシステムは、社内の基幹システムと全くつながっていませんでした。コールセンターの体制も、カタログ通販用に構築されていたので、メールで届いた受注データを我々がプリントアウトし、コールセンターへFAXというアナログな連携方法。それをオペレーターが基幹システムに手入力するという、今では信じられないフローで進めていました。
さらに、ウェブから注文されたお客さまが直後に電話で注文変更を望まれても、コールセンターで使う端末にはリアルタイムに情報は反映されていなかったので、オペレーターも対応できませんでした。結果、本社のウェブチーム内にお問い合わせ対応部門を新たに立ち上げ、多い時は1日100件以上のメール対応をこなしていました。
地道で大変な時期でしたが、ウェブにまつわる商品企画からデザイン制作、システム開発、インフラ構築、顧客対応までのプロセスに携われたのは、本当に貴重な経験でした。
大西:インターネットという事業を、会社の中に新たにつくるということですから、その頃から新規事業開発に携わっていたともいえますね。
デジタルが加速する今こそ「届く喜び」を
大西: 2000年代に入ると、ウェブ広告の世界も一気に進化していきました。インターネットで物を買うこと自体が「珍しくて楽しい体験」だった時代で、バナー広告のクリック率も今とは比べ物にならないくらいありました。
フェリシモはカタログ通販という「紙」の文化がもともと強いように思いますが、デジタル化の波をどう乗り越えていったのでしょうか。
市橋:弊社にはカタログ制作で培った「クリエイティブに徹底的にこだわる」というDNAがあります。そのクリエイティブをバナー広告にも活かしたことで、当時としては高いCPAや獲得効率につながっていたと思います。
そして、注文の6〜7割がウェブ経由になった今でも、紙のカタログは大事にしているんですよ。
大西:逆に言うと、今でもウェブ以外の売上が3割以上もあるのですね。
市橋:効率だけで考えれば、ウェブに一本化する方がコストは下がるでしょう。しかし、FAXやハガキで何十年も注文を続けてくださるお客さまがいらっしゃいます。そのお客さま一人ひとりに寄り添うことも、長期的な関係構築を考えると本当に重要なのです。デジタルへの効率化を理由にカタログをやめるという判断はしていません。
大西:カタログをパラパラとめくる時間を楽しみにされている方がいらっしゃるのですね。見開きの世界観と言いますか、紙でしか得られない価値があるという感覚には共感します。
お客さまのより良い体験を想像して届けるという視点で言えば、配送用段ボールにデザインを施したのも、フェリシモが先駆者ではないでしょうか。
市橋:お届けに用いる段ボール箱は茶色でも事足りますが、それでもデザインにこだわるのは、届いた瞬間のワクワク感こそが、私たちが提供したい大切な顧客体験価値のひとつだからです。物流会社さんに対しても、「フェリシモです、と誇りを持って届けてください」とお伝えしています。そういった小さな部分の積み重ねが、CX向上につながっていくと信じています。
現場で得た肌感覚の学びを、座学で整理する
EC担当から社長直下の新規事業部門へ
大西:20年近くEC・マーケティングの現場を支えてきた市橋さんが、現在の「新事業開発」へと大きく舵を切られたのはどのような経緯だったのですか。
市橋:2010年代になり、社内のEC組織も役割分担が進んだ頃、社内の新事業創出制度に手を挙げたのです。面談で現社長の矢崎和彦にいろいろな思いを伝えた結果、社長直下で壁打ちをしながら新規事業を模索していくポジションに入ることになりました。
そのきっかけとなったのは、会社で契約した神戸大学の社会人MBAコースに、一期生として当時の役員とともに1年間通ったことでした。それまでは現場の勘と経験で行っていたマーケティングの暗黙知を、学問的なフレームワークや経営指標として体系的に学び、形式知化できるようになりました。PLをベースに事業を描き、社内や経営陣に「共通言語」で提案できるようになったのです。今にして思えば、大きな変化です。
大西:それまでのご経験があったからこそ座学が生かされた形ですね。どんなに勉強だけしていても、現場をまったく知らないことには、どこにリスクが潜んでいるか、どのあたりが肝になるのか、肌感覚がないでしょうから。
市橋:まさに、それまでの知識や経験の点と点がつながって線になった感覚でした。経験をすればするほど見えてくる世界というものがありますね。その後、自社の顧客基盤や物流・EC基盤を活用したパートナー企業との共同プロジェクトにも従事していきました。
「リソース解放事業」と銘打った、自社の強みの社会還元
理論先行の新規事業は、ことごとく壁にぶつかった
大西:新事業開発の初期は、数多くの失敗も経験されたと伺いました。
市橋:失敗ばかりでした。立ち上げることはできても、なかなか売上が上がらないのです。その時に痛感したのは、「誰がお客さまで、その人が何に価値を感じてお金を払うのか」という本質をつかみきれていない事業は続かないということです。また、自分たちが必死に頑張らないと回らない仕組みをつくってしまうと、サービス提供自体も続けられません。
大西:無理につくった事業はお客さまにも継続的に価値提供できないですよね。
市橋:失敗を繰り返した末に辿り着いたのが、「リソース解放事業」というコンセプトです。フェリシモが持っているダイレクトマーケティングのメソッドや物流のオペレーション能力は、他社から見れば非常に価値のあるケイパビリティでした。自分たちが当たり前にしていることを外部に提供し、たくさんの方に喜んでいただこうと考えるようになったのです。
そこからの新規事業はすべてその考え方を起点に、「ご縁」で成り立っています。
「来場者数100万人」を達成した神戸ポートタワー運営
大西:フェリシモならではのリソースを、さまざまなところへ振り向けていったのですね。自治体との連携でもその方針が活きているように感じます。
市橋:地域共創事業にも、力を入れています。その一つが、本社からすぐ近くのシンボル的な建築物である神戸ポートタワーの運営です。リニューアルされるにあたって運営事業者の公募があり、タワー運営は経験ゼロながら社として手を挙げました。
入館管理・チケットEC・QRコード連携改札などをすべて一から構築し、アーティストや各種アニメとのコラボなど、培ってきた「ファンの熱量を高める企画力」も関係部署が一丸となって注ぎ込みました。その結果、リニューアル後1年7か月で、来場者数100万人を突破。神戸ベイエリア全体の活気を共創する担い手として、大きな手応えを感じています。
大西:賑わいを創出していこうというコンセプトで一緒に盛り上げることを大切に、自治体との共創を進めてきたのですね。
「こべっこ定期便」で見守る、社会のしあわせ
大西:「こべっこウェルカム定期便」も印象的な取り組みです。
市橋:「こべっこウェルカム定期便」は、神戸市の新生児世帯へ、おむつや育児用品を定期的にお届けする事業です。子育て経験のある見守り配達員が毎月訪問し、孤立しがちな子育て世帯を支えることを目的としています。
このように、事業の一つひとつは、我々ができることを提供し、世の中に価値を提供してきました。それによって、フェリシモが掲げる「しあわせの総量を最大化する」という想いが具現化できると考えています。
インタビュイー紹介
株式会社フェリシモ
新事業開発本部 副本部長
市橋 邦弘さん
スマイルエックス合同会社CEO
日本オムニチャネル協会フェロー
大西 理さん